土田武史氏講演の詳細

政策誘導の意味合い強める診療報酬

 国民皆保険体制の修復がなぜ必要か。制度発足時の前提状況が大きく変わったことが理由です。具体的には高成長から低成長の時代になったこと、雇用基盤の変化などが挙げられます。医療保険制度の基盤が弱体化しており、特に国保は非常に弱い。一九六五年には自営業・農林水産業者で七〇%を構成していたのが〇八年では二〇%まで減少、代わって無職の方が四〇%に増えています。これは定年退職して他の保険から移ってきた高齢者層です。また非正規労働者は三四%を占めています。これでは基盤が弱体化して当然です。また健保組合は財政調整ということで高齢者医療への拠出金が増大し、やはり赤字運営に苦労しています。
 これらの是正に何が望ましいか。一つは国庫負担でカバーすることです。国保や協会けんぽに思い切って国費を投入、健保組合の拠出金には歯止めをかける必要があります。保険者機能の強化も方法の一つだと思います。健保組合の保険料が国保や協会けんぽより低いことを是認した上で国庫負担を行わない、一定程度財政を拠出してもらい独自に運営するのがいいのではないかと思っています。
 国保の保険料滞納者が増大していることも課題です。〇五年には国保の約二〇%が滞納、一〇七万世帯に短期保険証が交付され非常に多くの滞納者がいます。保険料を納められないという切迫した状況があり保険料の軽減や免除を考えなければいけないと思います。

所得税による再分配機能を

 所得再分配機能をめぐる問題もあります。社会保険というのは所得再分配機能をもっています。格差や不平等さを示すジニ係数(0に近いほど格差が少なく、1に近いほど大きい)について、一九八一年の税・保険料がかかる前は〇・三四九で再分配後は〇・三一四でした。一〇%格差が是正され、その内訳は税と保険料で五%ずつでした。これが〇八年になるとはじめが〇・五三二、先進国ではかなりの格差を示す数値ですがこれが〇・三七六。三〇%是正されたのはいいことですが、内訳をみると税三・七%、保険料二六・六%です。つまり、今の日本の所得税は再分配機能を為していない。社会保険料と給付で是正が図られているのが現状です。ですから、税制改正も含めて所得再分配機能を高めていかなければいけないと思います。

政策誘導のための診療報酬

 〇六年の診療報酬改定からは、これまで中央社会保険医療協議会(中医協)が決めていた改定率は内閣府が、改定の基本方針は厚労省社会保障審議会が決めることになりました。結果として中医協の権限は縮小され、現在は点数の配分をどうするかが議論の中心になっています。
 かつての中医協は、医療経済実態調査を基にコストを反映した点数配分を重視していました。A診療科の収入が高くB診療科が低いという結果が出た場合、A診療科に関する点数を引き下げB診療科に加算を付けたりしてバランスをとることが議論の中心でした。
 しかし、〇六年改定あたりから明らかに政策誘導という形の点数配分が多くなってきました。露骨に表れたのが患者の医療区分とADL区分を導入した療養病床の点数です。医療区分が低い場合の点数は、医療機関が赤字になるくらい大幅に引き下げました。そして介護保険に委ねようということにしました。
 ところが私も驚きましたが、その委ね先である介護療養病床を一二年三月で廃止するということを厚労省が打ち出しました(現在は一八年三月まで延期)。聞かされていなかった審議委員は「ハシゴを外された」と怒り、当時厚労省の医療分野担当の局長は「(廃止の話は)知らなかった」といっていますが、同じ厚労省内でそれはあり得ない。厚労省は「将来像に向けての医療・介護機能強化の方向性のイメージ」を示していますが、今後はそれに向けて点数配分で誘導していくことが予想されます。

混合診療解禁の動きには警戒を

 TPPはかなり懸念されることであり、皆保険体制を修復するためにも混合診療の解禁を絶対に許してはいけないと思っています。このことは中医協の会長就任のときも退任のときも挨拶でそう申し上げました。
 一番の気がかりはドラッグ・ラグへの対応で、日本では承認された薬が保険適用されるまでの期間は約三カ月と随分短くなりました。問題は外国で承認された薬が日本で承認されるのに約二年かかっています。これをどう短縮するか、TPPでどうなるか。どのような形が望ましいか議論の必要があります。
 混合診療を一部であってもいったん緩和してしまうと、日本の医療保険に入ってくる技術はそこでストップしてしまい、それ以降の技術は民間医療、自由診療になってしまうでしょう。特区を設けてそこで混合診療を認めるという話も出てきていますが、それもやってはいけないだろうと思っています。TPP、混合診療解禁については十分な警戒心をもって対応していかなければいけないと思っています。                                                               (文責:編集部)