医療支援、JMAT②

第2陣 残っている避難者は長期にわたる可能性が高い

むらかみ小児科アレルギークリニック  村上 巧啓

左から林放射線技師(富山市医師会)、村上医師、続いていわき市地域医療対策室の高萩さん、中嶋保健師(富山市医師会)、富山市出身で東邦鎌谷病院薬剤部長の川尻さん、黒畑さん(富山市医師会)、有田看護師(砺波総合病院)

 3月23日(水)から5泊6日で富山のJMAT2陣として、保健師、看護師、放射線技師、事務の方を含め5名で福島県いわき市での医療救護活動に行ってきました。大震災から2週間が過ぎようとしており、避難所は当初の140カ所から60カ所になっていました。ご高齢の方が多く、なかには生後2~3ヶ月の乳児もみられますが、全体的に子どもは少ない印象でした。原発事故の影響を心配して他の地域に移られた方が多いものと思いますが、避難所で泣いたり騒いだりして周囲に迷惑をかけてしまうことを危惧され、自宅に戻られた方もおられるようです。

患者や避難所の情報を共有し翌日の診療計画に

避難所では水道が出ないため十分な手洗いができず、感染症腸炎の症状を訴える子どもがみられた。

 長期にわたる避難所生活で高血圧、便秘や不眠、風邪をひかれる方、また普段服用されている薬がなくなった方が多くみられました。時期的にスギ花粉症の方、また水道がでない避難所も多く感染性腸炎もでてきています。  
 これらの情報を毎日夕方いわき市医師会に持ち帰り、市役所、医師会、薬剤師、保健師の方とミーティングを行い、注意すべき患者さんや避難所の衛生環境などの情報を共有し、翌日の巡回診療計画を立てていきます。我々のチームの他、愛知、京都、山梨、福岡など7~8チームに薬剤師の方が1名ずつ加わり、それぞれ順次交代し疲弊なく継続できるようしています。
 現在残っておられる避難者は長期にわたる可能性が高く、心のケアも必要になってくると思われます。地元の診療所も徐々に開きつつあり、これからはかかりつけ医への移行を図っていくことが重要な役割となります。しかし、ガソリンは大変不足しており給油所には待ち時間3時間ほどの車の列ができ、診療所への足の確保がまだまだ難しいと感じました。

いわき市の問題は原発事故の収束にかかっている

 いわき市は総面積が全国第2位と広く、海に面しており「浜通り」と呼ばれています。そこは津波で多くの家が流され、がれきの山となっていました。また、北側は福島第一原発から30キロ圏内に含まれています。ようやくコンビニや一部のスーパーマケットの営業がはじまり少しずつ普段の生活を取り戻しつつありますが、問題は原発事故がいつ収束するのかにかっていると思いました。いわき市役所、医師会の方々と復興したいわき市での再会を約束して帰ってきました。

(2011年4月15日 とやま保険医新聞)

医療支援:JMAT③

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