2012.5.31  歯科学術研究会 『「周術期」の歯科治療』 大田 洋二郎氏

『周術期』の歯科治療 ~がん患者の歯科治療におけるポイント~

日時  5月31日(木) 7:30pm~9:30pm

会場  富山電気ビル 5F 中ホール

講師  静岡県立静岡がんセンター 歯科口腔外科部長  大田 洋二郎 先生

対象  歯科医師、歯科スタッフ向けの内容です  

 

 はじめに

 がん治療を受けている患者さんが、自分の歯科医院を受診した時に、どう対応したら良いかと不安に感じるのは当然です。そう感じない方が逆に怖いと私は考えています。それはがん治療の内容、患者さん自身の病状、そして治療のデータなどがなく歯科治療を行えば何らかの身体的な影響を与える可能性があるからです。今回、開業医の先生方が最も遭遇する機会の多い、抗がん剤治療を受ける患者さんの歯科治療時に役立つ、抗がん剤についての基本的な情報および歯科治療との関連性の注意点について説明します。

  覚えておくべき抗がん剤

 抗がん剤はその薬理作用によっていくつかの種類に分類されます。私も抗がん剤の専門家ではありませんので、全部の抗がん剤の特徴や薬理作用を覚えているわけではありません。重要なのは、非常に使用頻度が高い、口腔有害事象との関連性がある薬剤を覚えておき、必要に応じて診療室で抗がん剤リストを参照できるようにしておくことです。

 

<代謝拮抗剤>

 最も古く臨床応用され、多くのがんで重要な基本薬剤となっています。DNA及びRNA合成に必要な酵素の阻害によりがん細胞を死滅させます。がん細胞だけでなく骨髄細胞など活発に増殖している細胞に強い活性を持つため、毒性は骨髄と消化管粘膜に対するものが多いのが特徴です。

 代表的な抗がん剤

●5FU(ファイブエフユー)  ●S1(エスワン:経口剤)  

 この2つの薬剤は消化器系のがん治療で良く使用されるものです。両方とも粘膜炎を発症しやすい抗がん剤として有名です。後者のS1は経口剤であり、外来で長期間投与されることがあります。

 <アルキル化剤>

 マスタードガスの研究から開発された、抗がん剤の代表的な薬剤です。核酸をアルキル化(DNAの働きを阻害し、増殖を止める反応)して増殖中の細胞を傷害します。

 代表的な抗がん剤

 ●シクロホスファミド  この抗がん剤は、様々ながんに使用される抗がん剤で、世界中で最もよく用いられている抗がん剤です。吐き気・嘔吐も多く、骨髄抑制が強い特徴があります。歯科では、白血球が低下した状態で歯周病や根尖病巣が一時的に急性悪化することをしばしば経験します。

<抗腫瘍性抗菌薬など>

 土壌に含まれるカビなどの微生物によって産生された細胞発育の阻害物質です。DNAとRNAの両方の生成阻害により抗腫瘍効果を発現します。

 代表的な抗がん剤

●ドキソルビシン  吐き気・嘔吐の発生頻度が非常に高いとされています。骨髄抑制や脱毛が起こりやすい薬で、心臓に障害を与えやすいのも特徴の1つで、総投与量が多いほど発生頻度も重症度も高くなります。この薬も口内炎ができやすい抗がん剤の一つです。

<トポイソメラーゼ阻害剤>

 トポイソメラーゼは、細胞分裂の過程でDNAの切断と再結合を助け、二重らせん構造をときほぐすはたらきを持つ酵素ですが、トポイソメラーゼ阻害剤は、このはたらきを阻害します。

 代表的な抗がん剤

 ●イリノテカン  イリノテカンは日本で開発されました。DNAに作用する酵素トポイソメラーゼを阻害します。副作用で下痢症状が強いことが有名です。骨髄抑制も強いので感染に注意が必要です。この抗がん剤は大腸癌治療で5FUと一緒に使われることがあるのですが、併用すると口内炎の頻度は40%近くになると言われています。

 

<微小管阻害剤>

 細胞分裂に重要な働きをする微小管を阻害して、がん細胞を死滅させます。微小管阻害薬は神経細胞の軸索輸送に影響を与え、末梢神経障害がおこりやすいと言われています。

 代表的な抗がん剤

●パクリタキセル  手足の痺れや痛みを感じるなど末梢神経の障害が特徴的です。口腔内に知覚過敏や顎全体の違和感を訴える場合もあります。この抗がん剤を使用して義歯があわなくなったと歯科受診された方が、がん治療終了後には何もなかったように治ったと言われることがありました。

 

<白金製剤>

 現在の抗がん剤治療で、シスプラチンに代表される白金製剤は大変重要な役割を持ちます。アルキル化剤などと同様にDNAの二重らせん構造に結合してDNAの複製を阻害しがん細胞を自滅へ導きます。固形がんに幅広く使われますが、悪心・嘔吐、腎障害、末梢神経障害など副作用が強い特徴があります。

代表的な抗がん剤

●シスプラチン  抗腫瘍効果が発見された初めての白金製剤です。腎機能障害が起こりやすいので、投与前後に大量の補液が必要で基本は入院治療になります。この抗がん剤投与期間前後を含めて、鎮痛剤のNSAIDsの投与は避けるようにします。  特に歯科領域の治療を行う場合はNSAIDsの投与禁忌となります。

 抗がん剤を使っている患者さんが来た時には、何のがんで、どんな抗がん剤を使った治療を実施しているかを、そのつど医学書やネット等で調べるようにします。お勧めは「抗がん剤の種類と副作用」というホームページです。非常に分かり易く抗がん剤が説明されているサイト(http://www.anticancer-drug.net/)ですので、プリントアウトして診療室にファイルにしておくと役に立ちます。

 また、抗がん剤はいくつかの抗がん剤を併用する、多剤併用療法が基本なので、その投与スケジュールや副作用もより強くなることを忘れないようにします。

(2012.7.25 とやま保険医新聞)