2015.05.29  下野正基ペリオ・エンド研究会

ペリオ・エンド研究会

治癒のしくみを病理学の視点から解説

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下野正基先生

 協会は5月29日、ボルファートとやまにおいて、ぺリオ・エンド研究会「治癒の病理~臨床に役立つ歯周組織の知識~」を開催、76人が参加しました。
 講師を務めた東京歯科大学名誉教授の下野正基先生は、歯周組織の基礎知識や歯周治療の効果的な進め方について、多くの研究結果を引用しながら講演しました。また歯内療法についても、最新の研究を交えて解説しました。
 参加者からは「学術的な講演だったが、日常臨床に直結する話であり、とても聞きやすかった」などの感想が寄せられました。

 5月29日開催のペリオ・エンド研究会の講師を務めた下野先生から、講演の要旨を執筆いただきました。

ペリオに関する知識

3面スライド1ペリオの臨床に役立つ知識として、
①上皮性付着は結合組織性付着に置換されるか?
②BOPが意味する歯周ポケットの状態とは?
③歯肉の色や形は病態を反映しているか?
④やわらかい歯肉とかたい歯肉の違いは何か?
⑤歯肉の改善で歯が動くのはなぜか?
⑥なぜクリーピングアタッチメントは起きるのか?
⑦ルートプレーニングはどこまでやればいいのか?
などについて解説した。

上皮性付着について

 実験結果から長い付着上皮による上皮性付着は、時間の経過に伴って短くなり、結合組織性付着に置換される可能性が示唆される。長い付着上皮による治癒は不安定な治癒であろうと推測されていたが、我々の免疫組織化学的研究から、長い付着上皮とセメント質との間には、ラミニン5およびインテグリンα6β4が強く発現しており、「長い付着上皮による上皮性付着は安定した治癒形態である」ことが確認された(図1)。さらに、長い付着上皮では細胞移動に関連するインテグリンα3β4が弱く発現していたことから、上皮の短小化はゆっくり進んでいると考えられた。

BOPについて

 BOP(Bleeding On Probing:プロービング時の出血)はポケット上皮の微小潰瘍に起因し、歯肉の様々な病態はその色や形の変化として現れる。やわらかい歯肉は急性炎症時の細胞浸潤と肉芽組織形成を、またかたい歯肉は慢性炎症時の線維化を反映している。歯周炎によって歯が動くのは炎症の結果、歯槽骨の吸収・歯根膜の消失・歯槽上線維装置の消失が起こったためと考えられる。歯肉の改善でも歯が動くのは歯根膜・歯槽上線維装置の再生および再構築によると推測されている。

クリーピングアタッチメント

 クリーピングアタッチメントのクリープ(creep)とは「這う」という意味で、歯肉縁が徐々に歯冠側へ移動する現象をクリーピングアタッチメントという。これは、遊離歯肉弁移植、キュレッタージの後にみられる。クリーピングアタッチメントが起こるためには、①長い付着上皮の短小化、②歯肉縁コラーゲン線維束の増加、ハンモック状のつり上げ、③歯肉組織内の筋線維芽細胞(アクチン豊富な線維芽細胞)の増加、という3つの条件が必要である。

ルートプレーニング

3面スライド2「ルートプレーニングは本当に研磨や洗浄のみで良いのか?」という疑問に対しては、「ルートプレーニングは徹底的に行うべきである」と回答した。その理由は、
(1)セメント質を除去しても、感染がなければ再生する
(2)エンドトキシンは無細胞性セメント質には浸透しない
(3)細胞性セメント質(歯根の約80%を被覆する)には細胞突起を介してエンドトキシンが浸透し、セメント質の壊死を引き起こす(図2)
(4)上皮性付着は結合組織性付着に置換する
からである。
 結論として、炎症治療の原則は原因の除去であること、歯周基本治療が非常に重要であることを強調した。

エンドに関する知識

 一方、臨床に役立つ象牙質・歯髄複合体の話として、
①象牙質・歯髄複合体とは何か?
②なぜ一部の歯髄炎から歯髄全体の壊死が起こるのか?
③修復処置は歯に傷害を与えないか?
④局所麻酔下でも歯髄細胞が生きられるのはなぜか?
⑤歯髄細胞が切削熱に対して強いのはなぜか?
⑥歯の痛みのメカニズムに関する最新の情報って何?
⑦特定の細菌が根尖病変を引き起こすのか?
⑧歯内療法によるフレアーアップはどうして起こるのか?
⑨難治性根尖病変の原因は何か?
⑩根尖病変ではどのように組織が破壊されるか?
⑪抜髄処置はover treatmentではないのか?
について述べた。

象牙質・歯髄複合体とは

3面スライド3 発生学的・生理学的・臨床的に象牙質と歯髄は一つの組織とみなすべきであるという「象牙質・歯髄複合体」の考え方が近年国際的にもようやく定着してきた。「なぜ一部の歯髄炎から歯髄全体の壊死が起こるのか?」という疑問の回答はドミノ理論(終りのないサイクル)である(図3)。
 「起炎性因子 → 化学仲介物質や神経ペプチドの放出 → 血管拡張・血管透過性亢進 → 滲出(血管内の物質が血管外へ出る)→ 組織内に滲出物や老廃物の蓄積 → 歯髄組織は Low compliance → 腫脹できない → 組織圧の上昇 → 血管圧迫・血流のうっ滞 → 血栓形成 → 末梢領域の壊死 → 壊死組織・滲出液・老廃物の蓄積 → 組織圧の上昇 → 血管から液状成分の喪失 → 血管拡張・血管透過性亢進 → 滲出 → 組織圧はさらに上昇 → 歯髄全体の壊死」という一種の連鎖反応(カスケード)で説明できる。

歯髄細胞の修復

 局所麻酔下の低酸素状態でも歯髄細胞が生きられるのも、歯髄細胞が切削熱に対して強いのも、熱ショック蛋白(HSP)によって歯髄細胞が修復される、からである。

歯の痛みのメカニズム

3面スライド4 歯の痛みのメカニズムに関する最新の情報としては、「象牙芽細胞にはバニロイド受容体:TRPチャンネル(TRPV1)がある」ことが明らかにされ、このチャンネルの詳細が解明されれば、従来の歯の痛みのメカニズム「動水力学説」にとって代わる可能性があり、今後のさらなる研究に大いに期待したいと思う(図4)。

抜髄処置はover treatmentか?

 根管治療された歯の71%に歯根破折がみられたというGher, et al.(1987)の論文は「抜髄処置はover treatment」という警告ではないだろうか。歯髄喪失によって生じるいくつかの問題のうち、とりわけ「垂直性歯根破折」への対応は喫緊の課題である。(了)