これまでの歩み

結成は1989年7月16日、世話人代表に佐々学氏(元富山医科薬科大学学長)

 核兵器廃絶へ医師として可能な努力を-「核兵器廃絶をめざす富山医師・医学者の会」の結成総会には43名が出席、世話人代表に佐々学先生が選出されましたが7月16日に開催されました。

    ◆ 結成総会報道記事(会報 89.9.13)
    ◆ 「設立発起人の集い」での発言から
 (会報 89.9.13)

写真で見るこれまでの歩み

●89年の結成総会の記念講演で肥田舜太郎氏は医師の役割についてこう述べました。「放射線の恐ろしさを専門的に本当に理解できるのは医師。被爆者は明らかにガンの発病率が高い。それを診察室や待合室で一般の人にわかる形で話していただきたい。」 

●原爆写真は、被爆の実相をリアルに映す貴重な映像記録です。90年の「講演と映画のつどい」(千羽づる)の原爆写真・資料展では、会場の県民会館に1013人の入場者を数え、会員の待合室などで開く「ミニ原爆写真展」は、92年から96年まで毎年開催しました。 

●2年に1回の総会に併せて記念講演会を開催してきました。
91年の講師は長崎原爆被災者協議会会長で自身が原爆写真のモデルにもなった山口仙二氏。
93年の講師は、富山県の非核の政府を求める会から木澤進弁護士、95年は富山大空襲を語り継ぐ会の和田雄二郎氏を迎えました。 

●95年、フランスが核実験を再開したことで、私たちの会としては珍しく富山駅前にて街頭宣伝を行いました。マスコミの取材を受けながら、参加した医師たちは慣れないマイクを握り、心をこめて行き交う人々に訴えました。 

●97年以降の公開講演会の講師は本島等氏、ちひろ美術館副館長の松本由里子氏、井上ひさし氏、科学者会議原子力問題委員長の中島篤之助氏、渡辺治氏、浅井基文氏、寺島実郎氏と、戦争や核兵器、憲法など平和問題に一家言を持つ方々の講演会を開催しました。なお01年に世話人代表が佐々学氏から片山喬氏に交代しています。 

●03年に入るとアメリカブッシュ政権がイラクへの先制攻撃を宣言、日本政府は各国に先駆けて支持を表明しました。当会はイラク戦争展開のポイントとなる各局面で声明を当該国大使館や首相官邸に送付しました。(右表)また県内のピーストーク&ウォークに参加し、片山世話人代表が挨拶を述べました。 

●04年8月、当会世話人会の議論を通じて「9条の会の呼びかけに賛同する富山医師歯科医師の会」(略称:9条医師の会とやま)を発足させました。この会は会員を持たず、呼びかけ人の3氏が多くの医師・歯科医師の先生方に9条を守ることへの賛同の意思表示をしていただくことをめざしています。 

●05年9月、長崎の秋月医師を主人公としたアニメ「アンゼラスの鐘」を富山県民会館で2回の上映を行いました。

●06年より08年までの2年間は、主要な世話人の不幸や体調不良などが続き、世話人会を開催出来ない状態にありました。その間も「北朝鮮の核実験」「北陸電力志賀原発の臨界事故隠し」「空自イラク違憲判決」などについて世話人会声明を、持ち回り会議で承認し、関係機関に提出しました。

●08年7月、第10回総会で世話人代表が片山喬氏から金井英子氏に、副代表は黒部信也氏に加えて小熊清史氏が選出されました。

●10年8月第11回総会では、新世話人として小栗絢子氏、塚田邦夫氏、山本美和氏の3人が加わり、10人の世話人会を構成するようになりました。 

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