2013.7.31   妊婦・授乳婦における歯科治療とくすり

好評でした! 医科歯科連携研究会「妊婦・授乳婦における歯科治療とくすり」

講師:吉本(軽)講師 済生会高岡病院 産婦人科部長 吉本 英生先生
日時 7月31日(水) 

(講師の吉本先生から) 不妊治療中の女性が受診したとき、レントゲン撮影はどうしていますか? 妊娠中の女性を治療するとき、麻酔や抗生剤・鎮痛剤の投薬はどうしていますか? 授乳中の女性に投薬したとき、内服中の授乳についてはどうしていますか?  実際、産婦人科以外の医師でも妊婦・授乳婦への検査や投薬には頭を抱えています。そんなに難しい事ではないのですが、安易な解決策を選んだばっかりに思いがけない苦労をしている女性もいるのです。例えば、薬剤内服中の授乳を止められたために乳腺炎となり、その後の授乳が困難になってしまった話は、助産師さんや保健師さんから度々聞かされます。

(当日の参加者の感想から)
●今まで対応がまちがっていました。今日来てよかったです。これで患者さんに自信をもって話せる気がします。「迷ったら産婦人科の先生に相談」こんな簡単なことを、ダメだからと頭で決めてかかっていました。ありがとうございました。

●日頃の臨床のなかで、妊婦さん、授乳婦さんへの投薬やレントゲン撮影のときに、自信をもって説明してあげられなかった。しっかりした知識が今まで無かったからです。今回の講演はたいへん有意義で、明日からの臨床で、患者さんに自信をもって伝えられる内容だったと思う。必要な投薬、レントゲン撮影をしっかり説明したうえで治療を行なっていきたい。

●吉本先生、日々の診療でお忙しいなか、大変貴重なご講演をいただきまして、本当にありがとうございます。私たち歯科衛生士は、主訴を聞き、いろいろと患者さんの歯科治療の相談を受けます。詳しいお話をしていただいたので、レントゲンの不安のある方にも、きちんと説明ができるようになると思います。

●授乳中の患者さんにたいしては、母子への薬による影響のみしか考えておらず、うっ滞性乳腺炎など他にもリスクがあることを知ることができました。妊産婦さんの主治医の先生が歯科受診の際にあらかじめ処方に関する注意をして下さったり、「困った時には連絡を」との心強いお言葉をいただいたりして、安心しました。有意義な研修になり感謝しております。

講演要旨

はじめに

 スライド_ページ_1日本産婦人科学会から発刊されている『産婦人科診療ガイドライン−産科編 2011』において、「妊婦のう歯・歯周病については?」というclinical questionに対して「1.妊娠中は歯科疾患が進行しやすいので、う歯・歯周病について相談を受けたら歯科医受診を勧める。(B)2.歯周病が早産や子宮内胎児発育遅延に関与するという報告もあるが、治療効果については一定の結果が得られていないと認識する。(C)」というanswerが示されています。ということは、学会として妊婦の歯科医受診を勧めているわけで、歯科医の先生方が妊婦さんに接する機会が少なくないことをまずは理解していただけたらと思います。

1、妊婦とくすり

スライド_ページ_2 さて、妊婦とくすりについて考えるうえで、最初に妊娠について復習しましょう。妊娠は最終月経が開始した日から妊娠0週として計算が始まるので、排卵日が妊娠2週、次回月経予定日が妊娠4週となります。この妊娠経過の中で、妊娠4週までに薬物の影響が加わったとすると、All or Noneの法則により妊娠が不成立となってしまいます。妊娠4週から8週までの期間は絶対過敏期と呼ばれ、胎児の器官形成期であるため薬物に対する感受性が高く、催奇形性が問題となる時期です。妊娠8週から12週までは相対過敏期と呼ばれ、大奇形は起こしませんが、小奇形を起こし得る薬物がごくわずか存在します。妊娠12週以降は潜在過敏期と呼ばれ、奇形は起こしませんが動脈管閉鎖などの胎児機能障害を引き起こす可能性のある薬物がわずかにあります。ただし、妊婦・授乳婦への薬剤投与は、薬剤を必要としない胎児・乳児にとっては副作用のリスクのみが負荷されるため慎重さが求められ、基本的な考え方および基本姿勢として、一般的な薬物治療と同様、妊婦・授乳婦に対しても「リスクを考慮しても薬剤を投与する事により得られる効果が病態の改善にとって必要である」と判断した時のみ薬剤を処方しなければなりません。また、先天異常は妊娠全体の2〜3%の頻度で発症しますが、そのうち原因不明が65〜70%で、薬剤を含めた環境因子が5〜10%と言われていますから、薬剤が原因となる奇形の発生が非常に稀であることも知っておく必要があります。
 スライド_ページ_3薬物自体が胎児に影響を及ぼしやすいかどうかについて考えるうえでは胎盤通過性が問題となってきます。分子量が小さいもの、脂溶性のもの、タンパク結合率が高いものは胎盤通過性が高いため、処方薬剤に悩んだ際にはこれらの指標をもとに薬剤を選択することが可能です。また、母体血液中の濃度が高い方が胎盤通過性が高いため、静脈内投与よりは経口投与、経口投与よりは局所投与といったように投与経路を考えることも可能です。
 それでは実際に使用するものとしてですが、局所麻酔薬は血管内に大量に入らなければ使用できます。鎮痛剤としては、カロナールやロキソニンなどを使用されると思いますが、動脈管閉鎖の恐れがあるため妊娠末期の投与は避けた方が望ましいです。抗生剤では、ビクシリンなどのペニシリン系、ケフラールやフロモックス、メイアクト、トミロンなどのセフェム系、ファロムなどのペネム系は安全に使用できますが、クラリシッドなどのマクロライド系やミノマイシンなどのテトラサイクリン系は避けてください。

2. 妊婦と放射線

スライド_ページ_4 妊娠中の放射線被曝に関しては、被曝量と被曝時期が問題となります。 一般的に体内の組織や器官を形成する時期は、一部に障害が生じても細胞増殖をして補うことになるのですが、ある一定量を超えた場合には補修が出来なくなり障害が現れます。この境界値を「しきい線量」と称し、長年の経験からさまざまな障害に対するしきい線量が示されています。
 被曝時期に関しては最終月経だけでなく、超音波検査や妊娠反応陽性時期などから慎重に決定しなければなりません。受精後10日までの被曝では奇形発生率は上昇しませんが、受精後11日から妊娠10週までの胎児被曝では奇形を発生する可能性があります。しかし、この時期に奇形が発生するとした報告では100mGy以上の被曝を受けた場合であり、『産婦人科診療ガイドライン−産科編 2011』では、50mGy未満では奇形発生率を増加させないと書かれています。妊娠10週から27週での被曝では、中枢神経系が影響を受けるとされており、500mGy以上の被曝で重症精神発達遅滞が起こると報告されています。また、IQ低下との関連も報告されていますが、100mGy以下では確認されていません。小児癌の発症頻度に関しては、妊娠全期間を通じて10mGyの放射線被曝で上昇すると報告されていますが、小児癌にならない確率が99.7%から99.6%に低下するに過ぎません。これらに対して、歯科パノラマX線撮影での放射線被曝は0.01mGy、歯の全顎X線撮影(14枚法)でも0.15mGyと極少量であり安全に使用できます。ただし、妊婦さんの不安が強いようであれば、腹部を遮蔽するなどの心遣いによって、より一層安心されると思います。

3. 授乳婦とくすり

スライド_ページ_5 授乳期間は長期に亘ることが多いため、その間に薬物服用の必要性に迫られることはよくあることです。母乳栄養には多くの利点があり継続が望ましいですし、母乳は急に止めたり再開したりできるものではないので、薬物服用時の間違った情報が母児を苦しめている可能性もあります。
 母乳育児の児への利点としては、感染防御能が強い、ワクチンによる免疫獲得能が高いといった免疫学的効果のほか、母乳で育てられた子どもは認知機能が高くなるという神経学的効果、メタボリックシンドロームの予防効果などが挙げられます。母親に対しても乳癌、子宮体癌、卵巣癌の罹患率が減少したり、骨粗鬆症、関節リウマチ、糖尿病が減少するといった利点があります。
 よく耳にする乳腺炎という疾患には、乳腺に細菌が感染する急性化膿性乳腺炎の他に、乳汁の分泌不全が原因のうっ滞性乳腺炎があり、きちんとした管理を行わないままに授乳を中断するとうっ滞性乳腺炎となり、その後の授乳が再開できなくなる可能性もあります。  薬物自体の特徴として母乳中へ移行しやすい薬物や児へ移行しやすい薬物がありますが、ほとんどの薬物については児が吸収する量は僅かであり、授乳婦が服用しても児への悪影響はほとんどありません。  
 実際に使用するものとしては、歯科適応のある鎮痛剤は基本的に使用可能ですし、ペニシリン系およびセフェム系のほかほとんどの抗菌薬は安全に使用できますが、テトラサイクリン系のミノマイシン、キノロン系のオゼックスは使用を控えてください。

最後に

 このような情報は日々更新される可能性がありますから、最新の情報を入手する努力が必要です。情報収集サイトとして、海外のものでは

・OTIS(Organization of Teratolo-   gy Information Specialists)
・ENTIS(European Network of Ter-   atology Information Services)
・Safe Fetus.com

国内のものとしては

・厚生労働省事業の妊娠と薬センター
・おくすり110番
・「妊娠・授乳と薬」対応基本手引き(改訂版)

などがありますので、出来る限り最新の情報を正確に患者さんに伝えるように心掛けてください。また、どうしても悩む時は、自分で無理に判断しようとせず、産婦人科の主治医に相談するという方法も忘れないでください。