2014.04.19  医療訴訟リスクマネジメント研究会

とき  4月19日(土) 午後4時~7時
ところ ボルファートとやま4F 琥珀
座長  平野誠 富山県保険医協会理事
共催  富山県保険医協会 株式会社大塚製薬工場

血管内留置カテーテルの感染予防について 

講師  飯沼 由嗣 氏(金沢医科大学臨床感染症学・感染症科教授)

国の医療事故調査制度創設をテーマに

刑事被告人となった医師だからこそ言えることがある
   ~東京女子医大事件の実際~

講師  佐藤 一樹 氏
    (いつき会ハートクリニック院長、元東京女子医科大学循環器小児外科助手)

再発防止のための情報収集と刑事責任追及は両立しない
   ~保団連見解について~

講師  三浦 清春 氏(全国保険医団体連合会副会長、政策部長)

 

 開催報告  

理事(座長)  平野 誠 

10:会場左後ろから

佐藤氏の講演はまさに刑事被告人となった医師でなければ知り得ない内容が随所にあり、参加者は真剣に聞き入っていました。 ボルファートとやま4階 琥珀(4月19日)

 4月19日、協会は医療訴訟リスクマネジメント研究会を開催しました(共催:大塚製薬工場)。土曜日の夕方4時から7時までの3時間という長丁場にもかかわらず、病院勤務医、開業医、リスクマネジメント関係者など74名の方に参加いただきました。貴重な時間を割いて多数参加いただいたことに改めて感謝いたします。
 講演を振り返って大変興味深い内容について、私なりにそのポイントを絞ってまとめてみました。

血管内留置カテーテルの感染予防について                                        飯沼 由嗣 氏

04:講師1飯沼2 CVC挿入から維持管理、感染予防のコツさらには末梢輸液の管理について詳細にお話いただきました。その要点は第一に血管内留置カテーテル感染は、予防可能な院内感染症であり、感染率を可能な限り下げる不断の努力が医療者に求められていること、第2に院内でのルール(マニュアル、バンドル)を作成し、周知徹底を行い、評価のためのサーベイランスを行い、さらなる改善を目指す必要がある、ということです。院内感染症対策マニュアルはどこの病院、開業医でも作成していると思いますが、新しい知見が得られたならその都度見直す必要性を再認識いたしました。また、マニュアル通り周知徹底されているか、日々チェックすることの重要性も改めて痛感いたしました。

刑事被告人となった医師だからこそ言えることがある                                   佐藤 一樹 氏

06:講師2佐藤2 皆さんは東京女子医大事件をご存じでしょうか? 平成13年、事件は心臓の手術中に起きた人工心肺装置不具合による医療事故です。術者(未経験者)と指導医と助手それに人工心肺を任された佐藤先生の4人が当事者です。人工心肺での脱血がうまくいかなかったために術中脳虚血に陥り、その2日後に12歳の尊い命が失われた医療事故として当時マスコミで騒がれた事件です。当時、患者家族の訴えにより刑事事件に発展し、4人が逮捕、拘留されたとのことです。もちろん佐藤先生もその一人です。真実は何か?

医師法第21条は「異状死の届出義務」ではない

 裁判は7年にも及んだそうです。拘置所での生活についても今は面白く語ってくれましたが、それはひどい仕打ちを受けたことは想像に難くありません。その後無罪となり、今はその拘置所の近所で開業されているそうです(笑)。この事件で7年もの長きにわたり先生は何を思っていたのか?無罪を勝ち取るための執念はどこから生まれたのか?多くの普通の先生なら心が折れてうつ病になることも容易に想像される中、先生は東京女子医大(所謂とかげのしっぽ切り)に対す文書名 _冨山県保険医協会 20140419 (1)る復讐心その一心で戦い抜いたそうです。
 そこで強調されたのが医師法第21条です。「第21条…医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」とあります。多くの先生が異状死は届出義務があるとぼんやりと解釈している中、この条文は異状死体を届け出る義務であって異状死の届出義務ではないと先生は強調されました。

多くの病院のマニュアルは過剰反応

 ところで異状死体とは何か? それは外表検査をして異状を認める死体である。ここがポイントです。
 すなわち、手術中に起きた出血死あるいは手術後に発生した合併症による死については外表検査で異状を認めない限り警察に届け出る義務はないということになります。多くの病院(特に国公立病院)のマニュアルではとにかく異状死は届け出た方が無難ということで手術関連死を警察に届け出しているということですが、それは間違いだと先生はきっぱりと断言されました。
 実際、外科医の成り手がいない、あるいは大野事件をきっかけに産婦人科医の成り手がいなくなったのも医師法第21条の誤った解釈、すなわち「医療過誤によって死亡又は障害が発生した場合又はその疑いがある場合には施設長は、速やかに所轄警察署に届け出を行う」ことが法律の遵守だという誤解がその根本にあるのではないだろうか。先生は今月に入って厚生労働省医療安全推進室が担当する「診療行為に関連した死亡調査の手法に関する研究班」の研究員として会議に参加されることになったとのことです。今後のご活躍を是非期待するとともに各病院におきましては「医療事故への対応マニュアル」をもう一度見直していただき、勤務医が委縮診療に陥ることなく安心して最善の医療行為ができる体制を整えてほしいものだと感じた次第です。

再発防止のための情報収集と刑事責任追及は両立しない                                  三浦 清春 氏

08:講師3佐三浦2 国が創設をめざす医療事故調査制度に対する保団連見解が2013年12月に示されました。そのポイントは、①保団連の基本的な立場、②総論―患者・国民と医療者がともに理解しあえる制度を目指す、③個別課題―「医療事故調査制度」について、④おわりに、となっております。大事なことは個人の責任追及型にしないこと(誰がしたのかではなく、なぜそうなったのか)、報告にあたっての匿名性厳守、関係者の意見の機会の確保の三点です。さらに先生は医師法第21条にも触れられ、佐藤先生と同じ見解を示されました。
 最後に将来に向けて、公的国民皆保険制度の中に医療安全と再発防止を目的とした「医療事故調査制度」と「被害者救済制度」を国の責任で構築すること。それらの制度の下で誠実に医療事故に向き合えば信頼も増し、民事、刑事訴訟も少なくなってくるであろう、ということで締めくくられました。 

座長としてのまとめに代えて 

01:司会平野1 以上の講演を拝聴して、第1に医療事故における刑事事件とそうでない案件の境界はどこなのか、病院あるいは医師によって差があること、第2にもし自分が医療事故に遭遇し逮捕されたら、あるいは患者から民事訴訟を受けたらどうしようということで多くの医師が委縮診療の傾向があること、を強く感じました。

私にも経験が…折れそうな心を信念が支えた

 私も勤務医時代に民事訴訟に巻き込まれ被告席に立たされ、機関銃のごとく原告弁護士から質問攻めに会った経験があります。5年の歳月がかかりましたが、そこで心が折れそうになった私を支えていたのは「自分は間違ったことはしていない」「嘘はついていない」この2つの信念と「やられたらやり返す」半沢直樹の精神力です。その案件は手術後に脳梗塞で死亡したというものです。いわゆる予期せぬ合併症で不幸な結果を招いた事例です。原告の質問状に対して文献を添えて数十回にわたり書類を作成しました。大変な労力を払いました。マスコミは当然のように弱い立場である原告の味方で、一方的に病院が悪いという書き方ではやしたてます。病院からは顧問弁護士を立てていただいていろいろ対策を講じていただきましたが、どことなく孤独感を感じたのを今も覚えています。佐藤先生の労力に比べると足元にも及びませんが、最後は正義が勝つということを身をもって経験しました。
 今度医療訴訟に遭遇するのはあなたかもしれません。刑事事件にしろ民事事件にしろ交通事故と同じようにいつ我が身にふりかかるかわかりません。そのためにも日頃から個人はもちろんのこと病院としてきちんと対策を講じておくことが大切です。そして一旦医療事故が発生した場合には、個人に責任を押しつけるのではなく、事故の真相は何なのかを病院組織として真摯に取り組み、医療事故調査委員会の中でその経緯を議論して、どこに問題があったのかを十分検討することが重要であると感じました。その意味において本日の講演は大変勉強になり、励みになったと思います。