市民公開講演会・鳥越俊太郎

6月12日に開催した市民公開講演会において、鳥越俊太郎氏は、安倍政権のメディア戦略について説明し、その中で報道機関の役割や国民が声を上げる必要性などについて縦横無尽に述べました。(文責:編集部)

「政治に対し、おかしい時はおかしいと声を上げないといけない」
「ニュースの職人」が語る民主主義の危機

私はジャーナリストではなく、「ニュースの職人」という名前で仕事をしています。元々は毎日新聞の記者をしていました。メディアの仕事を始めた頃は、農家の方や大工さんなど「職人」と呼ばれる方々と比べ、何も形のない得体の知れないものを作っているのではないかという虚しさが付き纏っていました。しかし、仕事の意味・役割を考えていくうちに、自分は手で触れるものは作っていないけれど、取材・編集をして、みなさんに伝える仕事をしているのだと思えるようになりました。

人間は、肉体を維持するために水を飲んだり、食物を食べ、栄養を取っています。しかし、人間は水や食物だけで生きているわけではありません。心にも栄養を与えないといけません。それは広い意味での情報です。テレビ、本、雑誌など様々な形があります。私たちは情報の中で生活しています。私は、心の栄養をお伝えする仕事、大事なニュースを作っている一人の「職人」ではないかと思うようになりました。

そのニュースの職人として、最近の政治を見るとおかしいなと思うことがたくさんあります。私は終戦のとき5歳で、戦後の1期生として小学校に入学しました。戦後の困難期から、バブル崩壊で日本の経済が崩れていくところも見てきました。戦後を見届け、平和と民主主義の中で育ってきた人間として、今、日本の政治でおかしいということがあれば、おかしいと言わなければいけないと思っています。

選挙公約に掲げていないことを次々と実施

はっきり言って、今私たちが直面している安倍政権はおかしいです。オリンピック・パラリンピックの招致プレゼンテーションの席上で、安倍さんは福島第一原発の汚染水については「アンダーコントロール(管理下にある)」と言いました。
実際は、汚染水は毎日出ており、アンダーコントロールどころの話ではありません。汚染水を汲み上げてタンクに入れて保管する。そのタンクはすでに1000基以上、置く場所がなくなってきています。アンダーコントロールというのは大ウソです。安倍さんは世界中の人にウソをついてオリンピックを勝ち取ったのです。
また、3年前の参議院選挙のとき、安倍さんはこれからの課題はデフレからの脱却と経済だと言いました。しかし選挙後すぐ何をやったか。特定秘密保護法という、特定秘密を作りそれに触れたら逮捕できる、国家の情報をできるだけ国民に知らせないようにする法律を、選挙公約にも掲げていないのにその年の12月に作りました。これは私たちの報道の自由と真正面からぶつかります。

憲法を変えずに、人を代え、解釈を変える
今、このようなやり方が繰り返されています。集団的自衛権の行使容認も選挙のときは言っていませんでした。日本が攻められたら自衛隊が戦うという権利は持っているけれども、他国と一緒になって海外に出て武力行使をするのは憲法9条を根拠にダメですというのが、歴代の自民党政府、内閣法制局の考えでした。
そこで安倍さんがしたことは、憲法を変えることではなく、人を代えることでした。当時の内閣法制局長官をクビにして、法制局勤務経験のない外務省出身の方を内閣法制局長官にしました。その方は長官に就任した途端「集団的自衛権は行使できる」と言いました。そして2014年7月、集団的自衛権を行使することができるという憲法解釈の変更を閣議決定してしまいました。戦後ずっと認めてこなかった集団的自衛権の行使を、選挙で公約として国民に問わず、国民の意見を聞かずに閣議決定したことは、ウソよりもひどいだまし討ちです。

安倍政権のメディア戦略

安倍さんは、人を代えることによって、どんなことも可能にしてしまいます。典型的に表れたのがNHKの会長人事です。NHKの会長は経営委員会で選出されますが、その委員の任命権は内閣総理大臣にあります。安倍さんは自分の元家庭教師や友達などを委員として送り込みました。そこで選ばれたのが今の籾井勝人会長です。放送やメディアに携わった経験もない人です。そこからNHKは変わりました。
みなさんは、自分が払った税金がちゃんと使われているかどうか考えたことはありますか。一度払ってしまったら終わりだと思っていませんか。実際、税金が正しく使われているかを個々人がチェックすることは難しい。だから間に入っているテレビや新聞、メディアが監視します。記者が目を光らせて政権の権力が正しく使われているかチェックすることが歴史的な役割です。メディアはそもそも、権力をチェックする役割とミッションがあります。日本の政治が違う方向に行っていたらきちんと言うのが、メディア、ジャーナリストの役割です。しかし、NHKは以前は最低限メディアの役割を持っていましたが、今は政府を批判することはしない。安倍政権のための放送局に成り果てました。民放も骨抜きにされています。

政府のメディア対策と民主主義の危機
安倍さんは着々とメディア対策をしています。これは、安倍さん自身の経験からだと思います。2006年に誕生し短命に終わった第一次安倍政権では、スキャンダルや失言などで4人の閣僚の首が飛んでいます。そのときに彼が学んだことは、メディアというものを掴んでおかないといけないということです。今、安倍さんのメディア対策はほぼ成功しています。
その一方、民主主義は危うくなってきています。心の栄養を届けてくれる情報が権力によって潰されるというプロセスが進行しています。これは私たち国民が、情報を掴み、考えて判断する上で非常に危機的な状況です。基礎的な情報が入ってこなければ私たちは判断することができません。

「この道」は憲法改正に続く道

今回の参議院選挙で安倍さんは「この道を。力強く、前へ。」というスローガンを掲げています。前の衆議院選挙のときは「景気回復、この道しかない。」でした。安倍さんはいつも「この道」と言います。

憲法改正と緊急事態条項
「この道」とは憲法改正の道につながっています。私が恐れているのは、憲法改正で最初に行おうとしている緊急事態条項です。緊急事態条項とは、内閣が「緊急事態」と判断したときに、憲法に定められている国民の様々な権利を止め、国会で法律を作ることなく政府の自由にできるようにすることを意味します。例えば国内で大地震が起き、「緊急事態」だと総理が宣言すれば、憲法の条項を止めることができます。
これは過去、ナチス・ドイツのヒトラーが行ったことです。当時のドイツ国憲法であるワイマール憲法の中に国家緊急権というものがありました。国会議事堂が放火されたときに、憲法の条項は停止され、その後全権委任法というものを国会で通して、すべての権力がヒトラーのものになりました。そこからはみなさんご存知の通り、戦争に次ぐ戦争でした。私たちはその歴史を知っています。憲法は国民を縛っているのではなく、権力がおかしなことをしないように、国民のために憲法が定められています。そういう考え方をひっくり返して、いざとなったら時の権力が憲法を停止させ、緊急事態条項という名の下に国民の権利を奪う。これが憲法改正のねらいです。
安倍さんは、選挙の時は景気回復や経済のことしか言いません。今回も1月には参議院選挙では憲法改正を訴えていきますと言っていましたが、今は言いません。安倍さんは、国民はころっと騙されると思っています。悔しいですね。日本は危機的な状況の頂点に来ています。ここで国民が「その道は違うよ」ということを示していかなければいけないと思います。

【講演後の質疑応答から】

Q.国政選挙が小選挙区制を基本に行われていることについて、どう思うか。
今の政権が一番得をする制度になっているので、政権与党が現在の選挙制度を手放すはずがありません。これが現在の政治です。しかし、今の小選挙区制はこれでよいのかという声がもう少し出てきてもいいのではないかと思います。一番公平な仕組みは、完全比例代表制です。これだと投票数の1%も死票にならないでしょう。

Q、新たに選挙権を持つ18歳以上の若い人たちに、政治に関心を持ってもらうにはどうすればよいか。
この間話題になったSEALDsなど立場を明確にしている若者は残念ながら少数です。多くの若者は投票には行かないと思います。
日本が豊かになった代償として、若者がものを考えなくなり、政治に関心がなく、自分の立場を明確にしない社会になりました。「あなたたちが年を取ったときに、日本がどうなっているかを考えないといけない」ということを伝えていくしかないと思います。「自分の問題だよ」ということを話して、少しでも「あ、そうか」と思う若者を増やしていってほしいと思います。