2018.6.27 古賀茂明講演会(上)

日本の禁煙対策の問題点

政・官・産の闇と忖度(上)

フォーラム4代表
元内閣審議官・元経済産業省官僚
       古賀 茂明 

 協会は6月27日、元経済産業省官僚でフォーラム4代表の古賀茂明氏を講師に、市民公開講演会を開催しました。古賀氏の講演は受動喫煙対策の問題点に始まり、話題はカジノ法案や日本経済に広がっていきました。(文責:保険医新聞編集部)

オリンピックを理由に受動喫煙防止を進めるが…

 今日(6月27日)、東京都で受動喫煙防止条例が成立しました。国の方でも法案(健康増進法改正案)が提出されています。2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されるから、それまでに受動喫煙ゼロを目指すと、そういうスケジュールで進んでいます。
 しかし、これはオリンピックに関係なくやらなくてはいけない課題です。受動喫煙は私たち国民に害を与えているわけです。例えば肺がんになるリスクが1.3倍になるとか、脳卒中のリスクを高める数字が出ています。そして、受動喫煙によって年間1万5,000人が亡くなっているという推計もあります。人の命に直接関わる大きな問題です。しかも、こうした健康被害によって毎年、医療費が3,000億円ほど余計に掛かっている。命だけではなく国民の財産にも影響を与えることです。受動喫煙をゼロにすれば、これらのリスクを減らしていくことができるわけですから、オリンピックとは関係なくやらなくてはいけないのです。
 安倍政権が提出している法案より東京都の条例は進んだ内容といえます。それでも、都の条例には内容として緩いところがあって、違反したらすぐ高い罰金を払うことになるかというと、そうではないのです。
 例えば、飲食店が禁煙にしないで灰皿を置いて、お客さんにたばこを吸わせていたとしても、すぐに罰金というわけではありません。役所に通報があると、都の人が来て「やめてください」と勧告をする。それでも改善されないとお店の名前を公表したり、命令をする。それでも対応しないとなって初めて罰金という手続きになるです。それも東京都の罰金は最大でも5万円。ちょっと生ぬるいので、小池都知事は本気なのかなと、若干疑問を持っています。

小規模飲食店には分煙対応さえ求めない政府案

 中身を見ると、政府の法案と東京都の条例には大きな違いが2カ所あります。学校など子どもたちがいる所は全面的に禁煙にすべきだと思うのですが、政府の法案は教室や廊下などの屋内はもちろん禁煙です。しかし、敷地内に喫煙場所を設けてよいということになっています。東京都は、子どもたちがいる所は敷地内であれば屋外であっても喫煙は駄目だという内容です。
 もう1つ大きな違いは、飲食店のうち小規模な飲食店について、政府の法案では基本的に喫煙が可能になってしまうのです。客席面積100㎡以下で資本金が5,000万円以下の小さな店は、標識は付けなければいけないですが、喫煙してよいということです。
 東京都の方は、従業員がいなければ喫煙してもいいけど、従業員が1人でもいたら禁煙にしなければいけない。ただ、この場合も、禁煙だけど喫煙室を設けることは認められている。いわゆる分煙です。
 分煙を実現するには、きちんとした設備を作らなければいけません。小さな店は設備を作る場所がなかったり、お金がないため大規模店と差ができてしまう。だから小規模のお店ではたばこを吸ってもよい、としてしまったのが政府の法案です。

先進国になるための3つのハードル

 こういう違いが出てくるときに、僕はいつも考えるのですが、日本は先進国なのだろうかということです。僕は3つの基準を作っています。
 1つはまず、人を大切にする国。受動喫煙のように人に害を与えるようなものについては厳しくやっていくのが先進国だろうと思います。企業を守るのではなくて、人を守りましょうと。先進国というのは人を大切にする国です。
 実は30年ほど前、通産省の課長補佐のときに残業の規制について、罰則付きの義務化の実現をというレポートを書いたことがあります。やらなくてはいけないというのは30年前から分かっていたのです。ところが、ずっと企業優先で来て規制は行われなかった。それが今頃になって急に人手不足だと言って、大変だとなっているわけです。
 2つ目は自然や環境を大切にする。キーワードはサスティナビリティ(持続可能性)、自然を大事にしなかったら物事は続かないです。
 そして3つ目は、公正なルールがあって、そのルールがちゃんと執行されることです。政府の受動喫煙防止法案や東京都の条例は、本当に人を大切にする内容になっていますかと。そして、それがちゃんと執行されるのでしょうかと。やってはいけないと書いてあるのに、5万円の罰金を払えば禁煙にしなくてもいいのだということになってしまわないか。ここが日本が先進国といえるかどうかの基準なのです。

「原則禁煙」のはずが、過半数が喫煙可に

 政府の法案は、本当にザル法です。小さな飲食店は対応が大変だから禁煙対策はしなくていいですよとした結果、禁煙にしなさいという飲食店は全国で45%しかない。過半数は禁煙にしなくていいのです。政府は「屋内は原則禁煙です」と説明するから、例外はどれぐらい小さいのかと思ったら逆なのです。
 一方、東京都の条例は、人に優しいということをキャッチフレーズとして出しています。子どもなどの20歳未満の人を守る、それから従業員を守る。これは基本的に先進国の哲学だと思うのですが、それでもやはり変なのです。他の国は分煙などまどろっこしいことはしていない。オリンピックを開催するとなったら、完全禁煙にしてしまうのです。
 なぜか。屋内分煙としてしまうとそのための設備投資が必要になります。お金のあるなしが零細事業者と大企業との格差につながり、結果として小さいところは例外となるのです。だからザル法になる。もしこれを全面禁煙にすれば、「禁煙です」と看板を付ければそれで終わり。設備も何も要らないのです。新たな灰皿も要らなくなりますし、明日からでもできるのです。
 しかし、そうすると、飲食店側は「売り上げが減る」と言う。それでも、みんなが禁煙にしてしまえば、売り上げに影響がないことは海外で実証されています。

IOC、WHOは完全禁煙を求める

 このままだと、日本は世界において恥ずかしい国となってしまいます。国際オリンピック委員会(IOC)も世界保健機関(WHO)も、「たばこのない五輪」を求めています。昨年4月に訪日したWHOの幹部は、「分煙と言っているが、このようなものでは全然駄目だ」と言って帰ったそうです。
 様々な研究が進んでいて、例えば「換気扇が付いているから煙は出ません」と言っても、人が喫煙室から出て歩くスピードが1秒間で何メートルぐらい、すると人が動くことに
よって空気が動き、人と一緒にこれだけ煙が出ていくという測定が行われているとのことです。さらに、喫煙室を出た後に吐く息の量や服にどれだけ煙が染み込んでいるかということまで研究している。それくらい世界は厳密なのです。だから、「完全禁煙にしてください」と言って帰ったそうです。
 近年のオリンピック開催国では、屋内は禁煙です。分煙などやっていません。また、屋内禁煙とする国は世界でも40カ国以上。先進国の枠の外に広がっています。
 WHOは、受動喫煙の規制をどれぐらいやっているかというランクを4段階で分けているのですが、現在日本は何の規制もないため一番下のランク。今回の法案が成立しても下から1ランク上がるだけです。とても先進国とはいえない。

政府の受動喫煙防止法がザル法になった理由

 なぜ、屋内禁煙が実現できないザル法になるのか。今の安倍政権はとても強いです。国会では圧倒的多数ですから、強行採決でも何でもやるわけです。受動喫煙についても、全面禁煙にしましょうと安倍首相が決めればできるわけです。みんな忖度しますから。あっという
間に法案ができるし、「文句など言いたくても言えない」と成立してしまうはずなのですが、なぜか自民党にはたばこを守りましょうという人たちがいるわけです。
 その後ろにどういう人たちがいるか。まずはJT、たばこを作って販売している会社があります。そしてタバコ農家がいます。JTはたばこ農家から100%買い上げます。他にたばこを売っている人たちがいます。たばこを吸っている人たちをお客さんにしている飲食店あるいは娯楽産業もあります。色々なエンターテインメント業界では、やはりたばこを吸いながら何かしたいというお客さんも呼びたいのです。こういうところから議員にお金が入ってくるわけです。だから、「なるべく禁煙は緩やかに」となるわけです。
 JTは財務省の子会社です。財務省は株の3分の1を持っています。財務省は見返りとして、1つはたばこ税が入ってきます。それから、JTが儲かると株の配当が入ってきます。さらにJTは財務省の優良な天下り先です。歴代会長は財務省の次官級OBです。こういうつながりがあるわけです。
 そしてもう1つ、受動喫煙の話はほとんどテレビでやらないのです。JTが広告料をものすごく出しているからです。雑誌などでもなかなか大変です。僕も雑誌に原稿を書くときがありますが、「禁煙をもっとちゃんとやれ」と書こうとすると、「ちょっと待ってください」と編集と営業の人が来るのです。「まずいです。来週はJTの大きな2ページの広告
が入ることになっているので、その隣で古賀さんが禁煙の原稿を書いたら困る。次回以降にしてください」という話になります。テレビの場合も同じような話です。

利益至上主義では受動喫煙防止対策はできない

 僕は11年前に大腸がんに罹りましたが、肺がん患者の方などはどう思うだろうかと考えます。今、闘病生活を送っている人が、街でご飯を食べようと思ったときは、やはり禁煙の店を探すでしょう。普通、たばこの煙がモクモクしている所に、肺がんになった人はどう考えても入れません。肺がんだけでなく、がん患者だったらまず行かないです。また、妊婦さんがご飯を食べるときにそういうお店を探さなければいけないという状況は、どう考えてもおかしいです。
 でも、こういうことなのです。今話したような利権が絡んで、そして票と金が欲しいと思うと骨抜きになるのが今の政権なのだということを頭に入れておかないといけない。
 安倍首相はよく「改革だ」と言うでしょう。岩盤規制にドリルで穴を開けるとか言っているのであれば、これぐらいやってほしいという感じがするのです。こんなこともできなくてどうするのか。たばこを吸っている人はもう20%を切っています。8割の国民は屋内禁煙に賛成するのですから。というのが受動喫煙の話です。(続く)