2015.07.02  医科歯科合同企画「審査問題研修会」(講師 木田 寛氏)

審査問題研修会

 支払基金における審査の現状と方向性

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

木田寛先生

 協会は7月2日、ボルファートとやまにおいて審査問題研修会「支払基金における審査の現状と方向性~審査委員会の役割と課題にふれて~」を開催しました。
 石川県社会保険診療報酬請求書審査委員長の木田寛先生を講師に迎え、医師・歯科医師、スタッフ合わせて82人が参加しました。
 木田先生は、審査委員会の役割やボランティア的パートタイマーである審査委員の実態を紹介。保険者から査定率が低いとの指摘を受けるものの医療機関が適切なレセプトを提出する以上それを認めるのが審査機関の役割として対応していると述べました。
 また、質問に答えて、査定率のノルマといったものはないが保険者から査定の圧力が強まっている現状を説明した他、県ごとに完結している国保連合会と全国組織である支払基金では審査基準に差異があり得るとの見解を述べました。
 参加者からは「日頃イメージしにくかった支払基金の実際の業務や課題等についてとてもわかりやすくお話いただき、参加してよかった」などの声が寄せられました。

当日講演いただいた木田寛先生のの講演要旨をご紹介します。(文責・編集部)

審査委員会の役割は適正なレセプト作成のお手伝い

 ただいまご紹介いただきました木田でございます。司会の川瀬先生がいわれたとおり、出身は入善町です。入善町の川瀬医院というのは名門でございまして、その若先生に司会をしていただけるとは思いもよりませんでした。
 これから話をさせていただきますが、本日は私たちの審査についてご理解いただくとともに、みなさんからご意見やご指摘をいただけるまたとない機会だと思っておりますのでよろしくお願いします。
 最初に審査委員会が担っている基本的な役割についてお話しします。審査委員会は保険医療機関から提出されたレセプトの内容が厚生労働省の定める保険診療ルール、つまり算定ルールに適合しているか否かを審査するところであることは言うまでもありません。
 審査に対する基本姿勢として、私が日頃から審査委員のみなさんに申し上げていることは、私たちが目指すところは医療機関に適正なレセプトを作成してもらうことであり、それをお手伝いできるように、審査を通して明確なメッセージをお伝えすることです。その方法として、個別の対応には電話連絡や文書連絡、複数医療機関への共通の連絡には、周知文書などを利用させてもらっています。また、時にはメッセージを伝える方法として、返戻や査定をさせていただくことがあります。

査定事例の公表は一律の縛りをかける メリットは少ない

 保険診療に対する医療機関の考え方は極めて多様であり、私たちの対応も多様とならざるを得ません。例えば、診療内容が適正な保険医療の範囲を超えていると判断された事例に対し、同じ項目であっても、個々の医療機関の診療傾向やレセプト作成への取り組み姿勢などを考慮にいれると、返戻となる場合、査定となる場合があり、必ずしも一律の審査対応になるとは限りません。
 返戻は「注意をしてください」ということであり、査定は、「今の考え方の修正をお願いします」というものです。いずれも、誤りや不適正な算定が修正され、次月以降のレセプトが適正であるようにとのメッセージです。このように対応が一律でないことは、一見、不公平なように見えますが、むしろこれが公正であり、かつ適正な対応であろうと考えています。
 これに関連して、しばしば査定事例を公表してもらいたいとの声を聞きますが、私たちが危惧しているのは一旦査定事例を公表してしまうと、それが前例となって一律の縛りをおく結果となり、例外なく査定という対応になりかねないことです。つまり、特殊事例に対する審査が窮屈になりますので、あえて公表することのメリットは少ないと考えています。
 なお、念の為に返戻の対象となる事例の原則的な考え方を述べておきますと、ひとつは診療内容に不明な点があり、注記あるいは詳記、病名の補足が必要と考えられる場合です。もうひとつは包括診療部分の査定により出来高部分が発生したり、包括払いコードの変更が必要となるなど、レセプトの再作成が必要となる場合、さらには不適切な算定があって、それを査定扱いにすると結果として診療内容の大部分が査定対象となってしまう場合などです。
 それにもまして重要なのは、傾向診療の是正を求めるための返戻です。文書や電話連絡に加えて、再三の返戻を行うことがあります。
 傾向診療とは、普通に診療しておられる先生には全く関係のない話ですが、特定の医療機関が特定の変わったことをしたり、多くの患者に同じ病名をつけて同じ検査や処方などを行うものです。最近、大都市ではそういう傾向が増えています。
 このような事例は多くの場合、企業的概念を優先的に取り入れて診療している医療機関であり、一枚のレセプトを見ただけでは問題がないように思えますが、その医療機関のレセプトを全般的に見ると、違う、おかしいということになります。今後、傾向診療のチェックが支払基金の中では極めて重要な対象になってくるのではないかと思っています。

保険診療ルールと医学的判断は審査における車の両輪

 保険診療ルールには、明確に規定されていない部分が相当に残されています。また、ルール作成時に想定されていなかった診療内容が審査の対象として浮上してくることもしばしばあります。これらのルールにない事柄の審査は、医学的な判断によらざるを得ません。加えてその判断に対しては、その月のうちに審査を終える必要があるため、迅速性も求められます。このような状況に対処するために、個々の審査委員は、実地診療の経験、ならびに審査を通じて培った共通認識をよりどころにし、医学的に判断、審査をしています。判断に迷った場合は他の審査委員や事務職員に確認するなど、対応は臨機応変なものになっています。
 このように、保険診療ルールと医学的判断は審査における車の両輪のようなものです。

地域の特性などを考慮した支部ルールと支部間差異

 個々のレセプトは疾患の多様性や医療機関の診療特性を反映して、個別性の高い内容となりますので、ときに個々の審査委員による単独の対応が困難と思われる事例に遭遇します。その場合は審査委員会に結論をゆだね、審査委員の合議のもとに最終判断を行います。
 こうして得られた結論は県毎にある支払基金の支部ルール、あるいは支部取り決め事項として蓄積され、以後の審査に反映されます。
 なお、このような行為は審査委員会の独立性として遂行されます。もし、このような制度が成立していなかったなら個々の問題について厚労省あるいは地方厚生局への問い合わせが必要となり、相当数のレセプト審査が先送りされ、支払いが大幅に滞ってしまいます。
 かかる問題を回避するためには、審査委員会の独立性が不可欠です。あらためてこのことをご理解いただければ幸いです。
 一方で、個々の支部が地域の特性などを考慮して作った支部ルールには少なからず他の支部との不一致がみられます。これを支部間差異と呼んでいますが、多くの支部ルールはその支部における審査上の必要性から作られたものですから不一致が見られることはこれもまた当然の帰結だと考えています。しかし保険者からいつも責められるのはこの部分です。
 このような支部ルールを作る際には、事情の異なる他の支部との不一致を意識していないのが通例ですが、不一致が問題視される場合もあります。それは、支部ルールを作るにあたって他の支部に見解を求めた場合や、全国組織である保険者から支部間の不一致を指摘された場合などです。
 そして、それが許容範囲を超えていると判断された場合は支部間差異として認識され、解消が課題となります。
 そもそも、支部ルールが必要となる理由は先にも述べたように算定ルールの補足にあります。一般的な診療に比べて過剰、傾向的、あるいは対象外と判断されるようなレセプトが目立つ場合などの目安になります。ただし、細かすぎる取り決めは診療に対して支障となることの方が多く、ある程度の幅をもたせたほうがよいと考えています。
 このような審査委員会の審査基準を明確化し、その情報を公開してもらいたいとの声をきくこともあります。要望の対象はどちらかと言えば支部ルールに関するものと思われますが、重要な事柄については周知文書や医師会の広報誌などで伝えられていると思います。
 ただ、さきほど述べたように、一旦公表すれば以降の審査に一律の縛りをおくこととなるため、改めて情報を示すことはないと考えています。ただし、公表することによりお互いにメリットのあるものであれば検討したいと思います。
 なお、これらの公表については、公平性を保つために保険者に対しても提供しなければいけない可能性があることをあらかじめご了承ください。

再審査請求への対応と、医療機関・保険者間の意見調整

 審査結果に対して医療機関や保険者から再審査の申し出が生じることがあります。算定ルールの解釈の相違によることもありますが、医学的判断に対する審査委員間の認識の違いが原因となっていることもあります。また、医療機関や保険者がそれぞれの立場から異なる見解を申し出ることによることもあります。
 さらには、審査結果の説明が不十分であることが原因となって誤解を招いていることもありますので、判断根拠を適切に説明していくことは審査委員会にかせられた大きな課題だと考えています。
 なお多様な再審査の申し出の中には、時として私たちの見解を見直さなければ対応できないようなことも含まれています。その点では、再審査申し出は審査に対する主要なフィードバックシステムであり、判断基準を見直し明確化する良い機会となっています。今後とも適切なご指摘をよろしくお願いします。
 加えて重要なことは、医療機関と保険者との間の意見調整です。通常、両者が直接調整をはかる機会は少ないので、審査委員会が両者に対する整合性に配慮しながら、双方向性の意見調整を行っているのが実態です。その際に重要なことは、診療現場やレセプト請求の実態、再審査申し出の状況などを把握し、両者の見解をよく理解したうえで意見を調整して明確なメッセージを届けることだと考えています。
 このように、私たちは審査の過程で遭遇した問題に対して、より公正かつ適正な判断を追求しながら審査を行っています。これが審査に求められる適正性です。同時に迅速な支払いも求められますので適正性と迅速性の両者を備え持つ審査体制があってこそ、期限内の適切な支払いが可能となります。
 それにより、我が国の医療保険体制そのものが維持されていると言っても過言ではないでしょう。

審査委員会の課題 ① 支部間差異の発生と要因

 ここまで審査委員会の役割について述べてきましたが、審査委員会は多くの課題を持っています。
 まず第一は、先に述べた審査基準のばらつき、支部間差異です。適正な医療の質と量の範囲に関する意見が立場により多様であることも要因の一つです。
 具体的には、医療機関は患者ニーズに応えるための十分な医療の提供を目指した解釈を選択し、保険者は診療のために必要かつ安価な医療の範囲の明確化を求めてきます。
 加えて医療には地域特性があり、医療機関には診療特性があるために、それぞれの診療内容は個別性の高いものとなっており、医学的判断の多様性に結びつく大きな要因となっています。
 また、新規導入医療や専門分野からの新たな提言、特に学会が提示するガイドラインや専門医会の了解事項など、最新医療に関する様々な見解が色々な分野から提示されてきます。これらのうち、日常診療に直接結び付くものについては、その都度算定ルールに取り込まれることになっていますが、いまだ算定ルールにのっていない提言については厚労省の見解である算定ルールに対するダブルスタンダードとなりますので基本的に許容されるべきではありません。
 ただし、緊急避難的にこれらの医療が必要となり、厚労省見解を待てないような特殊事例が発生した場合、その可否について遅滞なく見解を提示することが迫られます。その判断は決して容易ではありません。
 このような事例も含め、医学的判断について支部の範囲を超えて一定の見解に集約させることは必要ですが、極めて困難な状況にあることをご理解ください。

② 審査の中立性と三者構成

 私たちは審査をしながら支部ルールをつくり、それを運用しています。したがって審査に対しては公平性と中立性が強く求められます。
 そのために、審査委員会は立場の異なる診療担当者代表、保険者代表、学識経験者からなる三者同数の構成になっていることはご承知のことと思います。
 三者構成は合理的ではありますが、代表者意識を強く主張される委員の存在は審査委員会の合意形成に支障を来しやすくなります。基本的には規範性と協調性を兼ね備えた方が推薦されることを期待しています。
 また、時に審査を担当した審査委員名を知りたいとの要望をお聞きしますが、審査委員会として公開することの有用性について十分な理解ができていません。
 ただここで改めて再確認いただきたいことは、原審査、再審査を含めて、審査は最終的に合議によって決定される合議体制をとっていることです。したがって、審査結果に審査委員個人の見解は基本的に存在しないという立場です。この点についてもご理解をお願いします。

③ 審査委員の実態

 審査委員会にとって別の意味での大きな課題があります。それは審査委員の確保です。
 ご存知のように大多数の審査委員は別に本業を有しており、基本的にはボランティア的パートタイマーです。余裕をもって審査する時間がとれない現実があり、当然のことながら審査の時間帯は審査委員によって異なります。共通認識の形成に向けて情報交換の時間をもつには、審査委員ごとの時間調整が必要であり、大きな負担となっています。
 それにもかかわらず、審査委員を引き受けてもらえるエネルギーの源は何かというと、責任ある役割を信頼して依頼されたということだけが支えです。
 同業者つまり内状が分かっている仲間のレセプトを審査する行為をピア・レビュー(peer review)と言いますが、多くの医療機関に審査結果を受け入れてもらえるのは、このピア・レビューがあってこそ可能だと考えています。ただし、この点について保険者から見れば、所詮医療側の人たちの馴れ合いということで、必ずしも納得してもらっているということではありません。
 適切な医療を維持していくうえで、ピア・レビューが不可欠であることを始めとし、一層の説明が必要だと思っています。
 なお、先生方の医療機関におかれましても審査委員の推薦に対してはぜひご協力をお願いいたします。

課題解決に向けた取り組み

 このような審査体制の中での課題解決に向けた対応について説明します。
 まずは、審査の効率化ならびに透明性が重要です。コンピュータチェックシステムに加えて、算定日情報や縦覧点検システム、院外処方の突合点検などをはじめとした審査補助システムの機能強化が図られてきました。
 チェックシステムの利点は、審査の効率化に加えて医学的判断から不要なあいまいさや不透明性を除外できることであり、その点では客観的な公平さが高まるといえるでしょう。その際に重要なことは、病名の記載です。病名漏れは効率化の大きな障害となります。恒常的に病名漏れが発生する場合は返戻による対応のみではなく、査定で対応せざるを得ない場合もあります。また、逆に不要と思われる病名が沢山あるのも困ったもので、しばしば病名の整理をお願いしています。
 なお、これからの審査の方向性としては、コンピュータチェックで済むレセプトと目視による重点審査をすべきレセプトとの識別を進めることが重要であり、これにより効率的で的確な審査が可能になるものと思われます。
 支部間差異の解消に向けた取り組みについては、基本的には審査委員会の独立性に対するセルフコントロールシステムの一環だと認識しています。
 そのための中央組織として、支部ルールの集約を図る支部間差異解消中央検討委員会、専門分野の問題について統一見解を作成するワーキンググループ、判断が困難な事例について専門的な知識を提供するコンサルティングシステム、これに加えて、コンピュータチェック検証委員会や再審査事例協議会などがあります。
 これらの組織の連携を効率化し、差異解消の道筋を明確化する目的で統括組織ともいうべき審査充実全体会議が設置されました。これにより支部間差異の解消はより効率的で実効のあるものになると思っています。
 なおこれらの検討は、医療顧問等会議運営委員会が中心となって進められてきました。医療顧問は業務に専念できるように処遇された準常勤審査委員で支部の規模に応じて3~8名を配置することとしています。主要な役割は支部内、特に審査委員間の意見調整ならびに支部間差異の解消に向けた支部間の意見調整、基本認識の共有化を図り差異発生防止に結び付けていくことです。
 医療顧問制度の導入により、審査委員会は審査機能のみならず課題処理も効率よく機能するようになってきました。今後ともみなさまの要望に応えるべく努めていきたいと思っています。