戦後70年 日本の進路を問う市民公開講演会
安保法制と新ガイドラインで日本はどう変わるのか
6月23日(火)、協会は元内閣官房副長官補・柳澤協二氏の講演会を開催しました。防衛政策の第一線を担ってきた柳澤氏の講演は、憲法学者とはまた異なる視点からの説得力がありました。ここでは『とやま保険医新聞7月25日号』に掲載した講演要旨を紹介します。(文責・編集部)
柳澤協二(やなぎさわ きょうじ)
1946年生まれ。1970年東大法学部卒業後、防衛庁(当時)入庁。防衛審議官、防衛庁長官官房長、防衛研究所所長などを歴任。
2004年から2009年まで小泉・安倍・福田・麻生の4つの政権で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務める
私の話は歴代自民党政権の公式見解
昨年5月に、自民党本部の勉強会で話をしたら「政府高官の肩書を使って政府を非難するのはけしからん」というお叱りを受けました。しかし私の話は40年間防衛官僚としてお仕えしてきた小泉氏から安倍氏、福田氏、麻生氏ら歴代自民党の総理、内閣、自民党政権の公式見解の範囲でしか言っていません。みんな右の方へ行ってしまって、自分だけ左に残っているような感じです。それほど大きな転換期にきているということではないでしょうか。
法案審議よりアメリカとの約束が先行している
今回の法案全体の狙いは何か。ひとつは政府の言うように、平時から有事への切れ目のない移行と拡大。アメリカと一緒に、平時からいろいろな作戦ができるようにする、アメリカが軍事行動をとった場合は後方支援ができるようにする、いざとなれば存立危機事態だと言って集団的自衛権の行使までいけるようにすることです。
ふたつめは、国際秩序維持という大義名分です。その戦争が終わって占領統治がはじまると、後方支援ではなく治安維持の主体として自衛隊が参加できるようになるということです。
今年4月末に日米の外務・防衛の閣僚間で新しいガイドラインが合意されました。安倍総理は、その直後にアメリカに行き、「この夏までに安保法案を成立させる」と、アメリカ議会で約束しました。約束する場所とタイミングが違いますね。つまり、対米約束が先行しているということが、非常に大きな特徴です。
結果として、新しいガイドラインによって、対米一体化、はっきり言うと、対米従属ということが一層進むと私は理解しています。ガイドラインというのは、アメリカ軍が行動してそれに対して自衛隊がどういう支援をするかという枠組みのことです。それを日本の国内法と整合性をとるのが今回の安保法制です。
武器の使用が自己保存型から任務遂行型に変わること
この法案によって何が変わるのか。私が深刻に考えているのは、武器の使用が自分が襲われた時に身を守るための手段としての自己保存型から、任務を邪魔するものを排除するような任務遂行型に変わる、すなわち自衛隊の活動の質が違ってくるということです。これまで自衛隊はPKOやどこへ行っても、「殺傷目的の任務はできない」と言わざるを得なかった。それはそれで現場の自衛官は悔しい思いをしたかもしれませんが、結果として一人も死なず一人も殺さなかった。
「武力の行使」とは国家の意思と責任で行うこと
理屈っぽい話で恐縮ですが、法律上、自衛隊が武器を使うに際し二通りの表現があります。「武力の行使」と「武器の使用」。武力の行使の法律上の定義は「国際紛争の一環として人を殺傷し、物を破壊する行為」です。この表現のある唯一の条文が自衛隊法の第88条で、そこでは防衛出動命令を受けた自衛隊は、日本を防衛するために必要な武力の行使をすることができると書いてあります。主語は「自衛隊」です。つまり国家の意思としての武力の行使なんです。
「武器の使用」の主語が自衛官であることの意味
一方今度の法案では「武器の使用」が多く使われています。さすがに外国で国家の意思として人を殺傷して物を破壊すると、それは憲法の禁じている戦争そのものをやることになるので、「武力の行使」は使えません。そこで「武器の使用」という言葉が出てきます。しかしその主語は「自衛隊」ではありません。「自衛官」なんです。武器の使用は自衛官個人に与えられた権限で、自衛官が個人の意思としてそれを行うとされますので、人を殺傷し物を破壊した場合には、その責任は当然、個人である自衛官にいくことになります。
刑法は海外における犯罪でも適応されますので、形の上では殺人罪や傷害罪です。正当防衛であったのかどうか、法律に基づくきちんとした使い方として間違っていなかったかどうかということがあって、やっと無罪放免になるのです。
自衛官個人にリスクや責任を負わせてよいのか
これは大変な事になると思います。撃たれたときのことが議論になりがちですが、撃ってしまったらどう始末するのか。そのことは誰も気づいていません。なぜならこれまで誰も撃っていないからです。今度は本当に撃つことになるかもしれない。自衛官個人に武器を使用することのリスクや責任を負わせてしまってよいのかと考えたときに、私は憲法違反だと確信をもちました。実際に深刻な問題になると思います。いわゆる護憲派の人がよく言う「これで日本が戦争する国になる」という単純な話ではないと思います。
武器の補給(後方支援)は国際的には武力行使と一体
法案の一つである重要影響事態法。これまで周辺事態といっていたものを地理的な制限を外して、地球上のどこでも行動できるようになるということです。またこれまで「非戦闘地域」という要件をはめていましたが、今回は「戦闘地域」であっても「戦闘現場以外」なら弾薬も運べるようになったというのが大きな変化です。そもそも武器などを運ぶ兵站支援は国際法的には武力行使と一体なんです。
私の実感からすれば、イラク派遣の時のファルージャは誰がどう見ても戦闘地域でした。しかし「戦闘現場以外」となればファルージャまで行けることになります。現にこの法案に危険を想定した規定として「米軍と共同の宿営地が攻撃されたとき、それを守るために武器を使用することができる」という条文が入っています。だとしたら、宿営地から外に出て弾薬を運ぶ途中経路は、もっと危ないに決まっているではないですか。
かみ合わない大臣の答弁
戦闘では、後方支援部隊が一番標的になります。タリバンはパキスタンから国境を越えて多国籍軍に物資を届けるトラックを襲っているわけです。その方が確実に相手の戦力を消耗させることができるからです。それなのに中谷防衛大臣は「そんなことありません。補給はちゃんと安全なところまで下がってやるんです」という珍妙な答弁を繰り返しています。しかし今の内閣が否定しても、法律というのは客観的な文面通りの効力を持つわけです。なにも安倍首相や中谷大臣の個人的な考えや信念を質問しているわけではない。そこが食い違うから議論は深まらないし、国民にはちっとも分からないということになっているのです。
危険すぎる「治安維持」や「かけつけ警護」
後方支援だけでなく「治安維持」や「かけつけ警護」なども自衛隊の業務とされます。それも「紛争当事者がいない場合」という要件が追加されたことで、紛争当事者ではないアルカイダやイスラム国など武装勢力を相手にすることになる。彼らはいきなり有無を言わさず撃ってきます。法案はきれいな言葉で書いてありますが、大変なことになると思います。
自衛官たちの安全は守られるのか?
自衛隊がイラクから撤収したとき、私は小泉総理に「1人も犠牲が出なかったのはいいけれど、大事なことは、こっちから1発も撃たなかったことなんです」ということを申し上げました。しかしイラクに行った1万人の隊員から29人、インド洋に派遣された1万2千人の隊員からは25人の自殺者が出ています。日本人の平均自殺率から見ると十倍になるものすごい数字です。それだけ大きなトラウマを抱えて帰ってきた隊員がいるということではないでしょうか。つまり武器を使わずに人道復興支援をして、現地の社会から敵とみられない最大限の努力をしていてもこの結果ですから、この安保法案によって、いつ撃たれるかわからない緊張感と近づいて来る子どもが爆弾を抱えているかもしれないという疑心暗鬼に苛まれる自衛官たちのことを考えているのかと、私は自民党の国会議員に問いたいと思います。
なぜ今、欠陥だらけの法案が必要なのか。それらのすべてを正当化する論理が「抑止力」です。しかし相手も抑止されたくないから、互いにもっと強くなろうとします。ある日気がついたら昔よりもっと危険になっていた。それを「安全保障のジレンマ」と言います。
抑止というのは緊張関係ですから必ずリスクを伴います。現場の自衛隊員、海外企業やNGOの人たちのリスク、国内で発生するテロや増大する防衛予算捻出のリスク。些細な武力衝突から戦争に拡大するリスク。この法案審議で自民党はリスクを語れと言いたい。
法案が通ったら終わりか?
元内閣法制局長官で大先輩の大森政輔さん、憲法学者の長谷部恭男さん、小林節さん、青井未帆さん。こういう人たちと国民安保法制懇というものを作って一緒に活動しています。その大森さんから言われました。「君、できたら終わりじゃない。いかに阻止するかがいまの課題だ」と。おっしゃる通りです。不幸にして仮に法律が通ったとしても、自衛隊が実際の戦場に行って、最初の「1発」の弾を撃つまでまだ時間が残されている。だから、あきらめてはいけないのです。
とにかく、無駄な戦争はしない。かつてのアジア太平洋戦争もそうだったかもしれない。無駄な戦争で死ぬことを無駄死にと言いますが、次の世代の人が決してそうならないように。山崎拓さんや、亀井静香さんと比べるとひと回り若い爺ですが、あと20年はがんばって若い世代が無駄な戦争で犠牲になることがないよう、その一点で頑張って発言していきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
7/1 衆院安保特別委員会の参考人質疑で意見陳述
7月1日、衆院安保特別委員会の参考人質疑で意見陳述を行う柳澤氏。「政府は抑止力の向上と言うが、相手と対峙(たいじ)することで緊張を高め、事態が拡大する恐れもある」と指摘した。自衛隊の任務が大幅に拡大することについては「イラク戦争で大規模な部隊を出した英国は多くの戦死者を出した。他国の例を参考に検討してほしい」と慎重な議論を求めた。