藤田孝典講演会(講演要旨:上)

全世代に広がる貧困と格差

~子どもの貧困、下流老人問題など
    この国が抱える困難に向き合う~

 協会は5月15日、藤田孝典氏を講師に迎え、市民公開講演会を開催しました。当日の講演要旨を上下の2回に分けて掲載します。(文責:編集部)

 ふじた・たかのり 1982年茨城県生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。ソーシャルワーカーとして活動する一方で、生活保護や生活困窮者支援のあり方に関し提言を行う。著書に『下流老人』(朝日新書)など多数。

増える相対的貧困層

 日本は、相対的貧困に該当する国民の割合(相対的貧困率(※文末を参照))が高い国になっています。厚生労働省が発表した2015年の相対的貧困率は15・7%。OECD(経済協力開発機構)に加盟する34カ国中、6番目に高い数値です。

貧困が可視化される取り組みを
 この数字は多くの方が指摘をし、可視化に向けた取り組みの中で、少しずつ知られるようになってきました。1億総中流と呼ばれた1970~80年代以降、相対的貧困層が増えてきている状況があります。
 問題は、この状況にどう対応していくのかです。貧困が可視化されてくると、それに対して、「大した問題ではない」という意見が出てきます。個人の努力で解決してください、税金を投入すべき問題ではありません、という趣旨の話が実際に出てきています。
 ですから、この問題をどうするのかという議論が必要になってきます。一人ひとりの事例や課題について一緒に議論し、貧困に苦しんでいる人たちを支えていく取り組みが大切です。
 生活保護を必要とする人は多くいるのに、実際に生活保護を受けている人たちは少ない。生活保護の現状はまだまだ多くの人に見えにくいのかもしれません。
 富山では、生活保護の申請に対して役所の窓口で色々言われていないでしょうか。全国的に「家族を頼ってください」「家を売ってください」など、様々な理由をつけてなかなか申請を受け付けてくれない現状があります。

普通の暮らしさえ困難になる人々が今後増えていく
 本来、生活保護は困っていれば気軽に受けられるべきものだと思います。弁護士会等では、生活保護をもっと機能するものにしていこうという取り組みがあります。当事者の人たちと一緒に生活保護を使えるものにしていくために、声を上げていく必要があると思っています。
 現在の日本の人口は約1億2000万人ですが、生活保護の基準以下の所得で暮らしている人は全国で約3000万人いることが明らかになってきました。生活保護の基準は、憲法第25条で規定する生存権に基づいて設定されているわけですが、本来、憲法上あってはならない人が膨大にいることを研究者の方が明らかにしています。
 これも今後、可視化されるようにして、生活保護につなげる、あるいは他の制度や仕組みで支えていかないと、普通の暮らしさえ困難になる人々が膨大に増えていくことになります。

若者、子どもの貧困は将来に影響する

貧困率が2割の若者たち
 若者が大変な状況に置かれています。平成の時代、15~64歳の稼働年齢層に対して非正規雇用が政策的に拡大されましたが、ここにものすごい歪みが生じています。
 2012年の厚労省「国民生活基礎調査」では、20代前半の男性のうち、所得が貧困ラインを下回り、相対的貧困に該当する人は2割を超えています。女性の場合も似た数値です。今のままではこの年齢層の生活が改善されないまま、年数を重ねることになります。これは、結婚や出産といった、上の世代の人たちができていたことが難しくなる層が分厚く形成されることを意味します。

子どもの貧困はお父さん、お母さんの所得低下が影響
 子どもの貧困も同様の傾向ですが、お父さん、お母さんの所得の低下が影響しています。所得の低下を何とかしないと、将来に影響及ぼすことになります。
 以前と比べて、明らかに貧困率は上がっているのです。1999年の労働者派遣法改正以降の非正規労働者の拡大は、かつてないすさまじい政策だったといえます。
 単身の稼働年齢層の人たちは、男性も女性も相当数貧困に陥っているということが見えてきています。単身世帯の貧困ラインは、可処分所得が年間122万円です。税金と保険料を引いた後、手元に残るお金が年間122万円にさえ満たない人たちが相当数いる。自立生活が難しいような人たちが大量に生まれているということです。普通に働いても普通に暮らせるわけではないのです。
 昔は、良くも悪くも男性が1人外に出て働けば、大体は家族全員を賄える賃金を得ることができました。しかし、今は男性も女性も1人が働いて1人分の生計を維持する、あるいはそれさえも難しいような働き方が、広範にわたっている状況が日本全体にあります。
 富山でも子ども食堂の取り組みが広がっているのでしょうか。実は、私は貧困対策としての子ども食堂をあまり勧めていないのです。まずはお父さん、お母さんの貧困を何とかしませんか、給料を上げる運動をしませんか。
 お父さん、お母さんは、自分たちが稼いだお金で子どもを扶養したり、教育費を出したりしたいと思っているのではないでしょうか。食事提供など緊急的にはいいと思います。しかし、中長期的に見て、その家庭で暮らせるように取り組んでいくきっかけをつくる労働運動が必要だと思っています。

改善されないひとり親家庭の貧困

 皆さん、ZOZOをご存じでしょうか。衣料品をインターネットで販売する企業です。ZOZOには、時給1000円で働くアルバイトの人たちが約2000人いるのですが、さらに2000人を雇用するにあたり、時給を1300円に引き上げて働き手を募集することが5月13日に発表されました。
 私は、昨年から幾つかの企業に対し、賃金が低すぎるとして賃上げ要求を行っています。日本の子どもの7人に1人が貧困と言われていますが、つまりはお父さん、お母さんの貧困です。給料が低すぎて、長時間働いても収入が安定しない人たちのところで貧困が起きています。

貧困対策とは、まず賃金を底上げしていくこと
 この間、ZOZOとも賃金交渉を続けています。ZOZOで働くシングルマザーのお母さんに「いくらくらいの賃金なら生活できるのですか」と聞くと、「時給1300円くらいならもう少し生活が楽になり、週に1回は子どもを外食に連れて行ける」と言われました。
 時給が1000円から1300円に上がると、フルタイムで働いている人は月に約5万円、年間にすると60万円ほど賃金が上がります。貧困対策とは、まず賃金を底上げしていくことです。最低賃金の引き上げ運動とともに、働いたらしっかり食べることができるような賃金にしようという企業への要求が必要です。
 ひとり親家庭、実際は母子家庭が多くを占めますが、日本におけるその貧困率は50・8%です。講演の際にいつもお見せするグラフ(図1参照)ですが、日本の値がグラフに収まりきらないのです。先進諸国の貧困率を左から低い順に並べたときに、日本は右端です。この水準では、子どもに十分な教育や様々な体験を提供することはできず、苦しい子育てを強いられる状況に陥らざるを得ません。
 グラフの左側に位置している国は、国民が権利要求をしっかり行っています。ストライキも頻発しています。フランスでは4月にノートルダム大聖堂が火災に遭いました。修復のために多くの企業が寄付を申し出る動きに対しても、「そのような金があるなら労働者に回せ」という運動が起こるような国です。権利要求の強い国は、その結果貧困や格差が少ないという理解をされてよいと思います。

ひとり親家庭の貧困問題は、声を上げていかないと解消しない
 日本も、1970~80年頃は権利要求が強かった。しかし、80年以降は頓挫してしまっています。様々な政策が反転してきているような状況だと思います。
 日本において、ひとり親家庭の貧困率は昔から高いのですが、今も相変わらず高い状況があります。声を上げていかないと、これも解消していかないということです。
 特に母子家庭のお母さんは、ワーキングプアです。ほとんどの人が働いているのに賃金が上がらない。世界中でこんなに働いているお母さんはいません。怠けているから貧困になるのだという時代は既に終わっていて、日本では怠けていようがいまいが貧困だということです。むしろ一所懸命働いても抜け出せないものになっています。

家庭の収入状況と教育の関係性

生まれた家庭の収入事情によって、進学事情は異なる
 生まれた家庭の収入状況と、子どもの学歴や成績との関係性についての調査結果が、2009年度の文部科学白書に取り上げられています(図2、3参照)。


 私たちのところに相談に来る母子家庭のお母さんは、ほとんどがグラフ左側の世帯年収が少ない側に該当します。家庭の収入事情によって進学状況が異なることは、文部科学省も把握しています。しかし、この状況に対する政策は何も示されていません。
 子どもに教育を与えることができる環境にあるかないかで、子どもの将来が決まってしまうということです。私たちは、子どもの貧困を何とかなくそうという取り組みの中で、教育費や給食費の無償化などを政府に要求しています。
 学校の成績もある程度はお金で買える時代になっています。このグラフも文部科学白書に紹介されたもので、世帯年収が高いほど正答率が高い傾向にあることを示しています。
 皆さんは、どの収入の家庭に生まれたとしても、頑張れば何とかなるという幻想をお持ちかもしれません。しかし、この社会はもう頑張ってもどうにもならない、身も蓋もない状況になってきているのです。

未来への投資をしない国
 OECD加盟国の学校教育費の対GDP比を比較したグラフがあります(図4参照)。上の折れ線が公的な支出、税金で支えている分です。下の折れ線が私費負担、家族負担を指します。

 日本は教育に限らず、国民の暮らしにとって必要なものに対する公的な支出が少なく、世界各国と比べても私費負担が高い国です。稼いだお金の中から未来に投資する割合、国民に還元する割合が突出して低いのです。この状況に加えて、企業が労働者に賃金を支払わなくなったために、国民の生活は大変なことになっています。
 現在、日本の労働分配率は下がってきており、国民生活は相当ひっ迫しているといえます。他の国は、給料の支払いがどうであれ教育は税金で支えるという国が結構あります。私費負担ゼロという国もあります。

社会を変えるソーシャルアクショ

 私は、さいたま市にあるNPOで、生活に困窮されている方から年間約300~500件の相談を受けています。2008年のリーマンショック前後には年間1000件を超える相談がありました。
 生活保護の申請に付き添う活動も行っています。大切なのは困っている当事者の方と一緒に行動していくことです。役所の窓口や企業に一緒に行って交渉するなど当事者と行動を共にすることを繰り返してきています。

当事者と一緒に現状を変える活動を
 私は、元々は東京の新宿区や府中市で非常勤の公務員をしていて、大学院に通いながらNPOを立ち上げました。現在は、弁護士など様々なメンバーと協力し、当事者と一緒に現状を変えるため声を上げていくことで、生活保護申請の入口を広げようと活動しています。
 憲法第25条では、生存権についての規定はありますが、当事者と一緒に行動を起こして権利を行使していかないと、憲法が絵に描いた餅になってしまいます。
 まずは、憲法第25条の具現化、具体的に自分たちの手に生活を取り戻していく取り組みが大事だろうと思い、生活保護を必要とする方に付き添って、役所への申請に出向いています。
 また、無料低額診療事業という無料又は低額で受診できる医療機関を増やしていくことで、お金に関係なく命が大事にされる地域づくりを目指す取り組みを進めています。今では、運動の成果を確かに感じる状況があると思っています。
 これまで多くの生活に困窮している方と向き合ってきました。これだけ困窮している方が多いということは、やはり社会に問題があるという視点から活動を続けています。最近は、ワーキングプアの人々が非常に多い状況です。「なぜ正社員でこれほど給料が低いのか」「なぜ残業代が出ていないのか」、特に首都圏は家賃が高いので、「なぜ正社員で働いているのに、住まいが酷い状況なのか」といったことを分析しながら、社会に発信し、政策に反映されるような取り組みを続けています。
 それらの活動を通じて、貧困や格差の問題は、必ず改善できるものだと思っています。しかし、そのためには皆さんの行動が必要です。これから先、前進することも後退することもあり得るのですが、貧困問題は解決できるという立場から、一緒に取り組みを前に進めていけたらと思います。

現場の姿を少しずつでも社会に発信する
 なかなか社会が変わらないと思っている方は多いと思いますし、どうしたらこの閉塞感や貧困状況にある人が多い中で、社会を変えられるのかと思っている方もいらっしゃると思います。私自身、一番心がけているのはソーシャルアクションです。ソーシャルアクションがないと、社会は変わらないと思っています。
 まずは富山の現状、苦しい状況にある人たちの姿を可視化させる、「これは問題だ」と社会に発信していくことです。これは深刻な問題だということを明らかにしていくことが大事だろうと思います。
 私は多くの相談を受ける中で、その現場の姿を少しずつでも社会に発信しています。やがては、その内容に共感を持ってくれたり、様々な運動に結びつくような状況になっていくのではないかと信じています。

これから目指すこの国のかたち

 皆さんと一緒にどのような社会を構想していけばよいのでしょうか。
 現在は、人間にとって普通のもの、誰にとっても必要なものが手に入りにくい社会になっています。近著『未来の再建』(ちくま新書、2018年)でも指摘したことですが、今や賃金や年金だけでは暮らせない状況になってきています。そのため、その分を税・保険料で賄うような福祉モデルに変えないかという要求運動を行っています。
 教育、医療、介護、保育、住宅の国民にとって大きな5つのニーズに集中して税金を投入していくことを、皆さんからも要求していただきたいと思います。これら5つが無償又は低負担で利用できれば、国民はこれまでと違った生活を送ることができるはずです。
 難しい情勢の中であっても、この間運動した結果、様々な制度がつくられたり、復活したりしています。「こんな社会にしよう」と、みんなで集まって議論して、声を上げて求めていくことが今後さらに大事だと思っています。 (続く)

※相対的貧困率…可処分所得の中央値の半分(貧困ラインといわれる)を下回る所得しか得ていない人の割合。2人世帯で年間所得約170万円が貧困ラインとなる。