大震災を忘れない⑩

⑩福島県保険医協会から

福島の現状を発信し続けたい

福島県保険医協会 理事長  酒井 学

 2011年3月11日の東日本大震災は福島県にも多大なる被害をもたらした。地震による直接破壊、続いての大津波による被害、ここまでは岩手県、宮城県、福島県三県とも同じであったが、福島県は東京電力福島第一原発事故による放射能汚染、さらには風評被害も加わり、復旧・復興への道のりは他の二県よりかなり遅れている。  福島県は南北約160キロ、東西約180キロ、面積では北海道、岩手県に次ぐ広さがある。阿武隈山地と奥羽山脈によって縦に三つに分けられ、気候・風土、交通などに大きな違いがある。太平洋沿岸を「浜通り」、阿武隈川が縦断する「中通り」、西側が「会津」である。今回の震災でも地域による被害の違いは大きく、会津地方にインフラの被害等を含めほとんど影響はなかった。しかし浜通り、中通りでは、地震による(浜通りでは津波によっても)インフラの破壊、医療従事者の避難、物資の不足により診療、入院が困難になり休診や入院患者の移動を余儀なくされた施設もたくさんあった。  
 加えて、東京電力福島第一原発事故による放射能汚染の被害は、会津も含め県内全域におよび、全県民、全事業者が被害者である。福島の大地と県民の健康を蝕み続けている放射能汚染の問題に対して、県民はいつも事後的でしかも不確かな情報に翻弄され、混乱を深め、模索を繰り返しながらこれまで過ごしてきたが、なお事態の収束には程遠いのが現状である。

長期化する避難生活 増え続ける関連死への懸念

 東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から1年10カ月が過ぎた。しかしながら、今なお、福島県内外に避難を余儀なくされた人々は15万5000人余を数えたままである。仮設住宅であったり、借り上げ住宅であったりと、今までの生活環境とは違った形で二度目の冬を迎えている。復旧・復興が進まない中、ストレスを抱えた避難者に影響が出ている。

震災関連死が飛び抜けて多い福島

 昨年12月6日現在、震災による福島県内の死者数は3004人。そのうち震災と東京電力福島第一原発事故による体調悪化や過労、自殺等で亡くなった「震災関連死」が1184人と全体の40%を占めている。  福島県内で津波による死者が最も多かったのは南相馬市で500人を越すが、関連死者数も376人と最も多い。さらに注目すべきは、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村の双葉郡八町村、加えて飯舘村の、原発事故の避難区域では、関連死の方が直接死よりはるかに多いことである。宮城・岩手を含め被災三県でも関連死が飛び抜けて多い福島県の特殊性がここにある。  
 福島県立医大が調査した旧・警戒区域等の市町村の避難住民に実施した健診でも、運動不足やアルコール摂取量の増大、精神的ストレス等の影響と思われる肥満傾向の増大や、生活習慣病が悪化しているとの結果が報告されており、関連死がこれからも増え続けることが懸念されている。

進まない除染、生活再建、 そして風評被害 ~呆れた復興予算流用問題

 復旧・復興を目指す上での最大の懸案事項は除染であるが当初の予定より遅れに遅れ、昨年12月末の国直轄以外の地域で除染計画を立てた市町村は36、住宅についてはそのうち15市町村で約9000戸終了したにとどまっている。  除染作業が難航している原因は、国直轄以外の地域を市町村任せにして国・東京電力が責任ある対応を負っていないことや、除染方法の徹底・管理、除染で発生する汚染土壌を搬入する仮置き場、さらには中間貯蔵施設の整備に見通しが立っていないことが挙げられる。国が主体となっての除染・管理、一刻も早い中間貯蔵施設や最終処分場の整備が求められている。

被災地には不満とあきらめが交錯

 また放射能汚染の強い双葉郡内ではなかなか復興計画がまとまらず、進まない生活再建に避難者の不満とあきらめに似た心境が交錯している。先の展望が見えない不安と時間の経過とともに悪化する実態―故郷を目の前にしても帰れない、朽ち果てて行く姿を見続けなければならない―に「一時帰宅するたびにやる気が失せ、戻る気がなくなってくる」との声も寄せられている。  福島県は米とともに果樹王国として、サクランボ、桃、リンゴ、ブドウ、梨など多彩な果樹栽培が行われ、ブランドを築いてきた。高圧洗浄や樹皮の剥離などの除染対策を進める等努力を重ね、検査では基準値以下、検出限界以下となっているが農作物への風評被害、また会津をはじめ観光等への風評被害への対策が課題となっている。売り上げの落ち込み、進まない賠償交渉は生産者・業者のやる気を削ぎ、地域経済の停滞も懸念される。  一方で一向に進まない被災各地の再建をあざ笑うかのように、被災各地の復興に優先的に使われるはずの予算が、復興とはかけ離れた事業に使われているとの信じられない事態は被災者の怒りを買っている。

医療崩壊が進む中での 東日本大震災・福島原発事故

 福島県の調査によると、2012年8月1日時点で県内の病院に勤務する常勤医数は1945人で、原発事故前の2024人から79人減った。原発事故前と比較した減少数は、2011年8月時点が46人の減少、同12月時点が71人の減少と拡大。2012年4月は64人減と改善の兆しが見えたが、8月にはさらに15人が減少した。地域別にみると、減少数が最も多いのは太平洋に面した相双地区の46人だが、大半が避難区域で休止中の病院に勤務していた双葉郡の医師。相馬やいわきの医師数はほぼ震災前まで回復したという。一方、県中地域では三一人の減少と医師不足が深刻化している。
 今春から福島県内18の指定病院で臨床研修を受ける新人医師の内定者数は76人で、募集定員152人に占める充足率は50%。震災前の水準に戻りつつあるというが、マッチングが始まった2003年度以降3番目に低く、全国平均の75.2%を25.2ポイント下回り、都道府県別順位は43位。会津はほぼ100%の充足の一方、福島市、郡山市の中通りは50%弱、いわき市と相双地区の浜通りの内定者はわずか5人で25%である。

同じ太平洋沿岸部でも地域差が

 また浜通りでも、いわき市では双葉郡などから約2万4千人が避難している影響から医療機関が飽和状態となっている一方、避難地域とに分断される南相馬市では、人口が3割減ったままであるが、高齢医師を中心に医療機関も3割が閉院したまま。再開した医療機関ではスタッフの避難等により十分な医療提供が出来ない状況が改善されないままとなっている。
 医師不足・スタッフ不足は震災・原発事故前からであるが、その対策も県や市町村に丸投げされ今も変わらない。緊急避難状態が続く福島県では、まさに国が責任を持った対策を取ることが強く求められている

県民の健康をめぐってー 実効ある法制度の具体化、予算化を強く望む

 原発事故により放出された放射性物質による健康への影響は、正確な情報が伝えられない中で、一層不安をかきたてられた。原発事故で全福島県民が放射能に汚染されたことは間違いない。あれだけ非難されたスピーディ(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の記録の公開も、きちんとした汚染マップの作成・公表もなされていない。まず早急にこれらを作成・公表することが必要だ。  問診票で東日本大震災後の行動記録や自家栽培野菜の摂取の有無などを尋ね、外部・内部被ばく線量を推定する福島県「県民健康管理調査」の回収率が、「震災直後のことは覚えていない」「記入量が多い」等の理由で、昨年12月5日時点で23.1%にとどまり、データ不足による調査への影響が懸念されている。

伸びない内部被ばく検査の実施率

 震災時18歳以下の人口36万人に対して、甲状腺検査が実施された割合も未だ3割程度。健康診査についても、実施は避難区域住民に限定している問題や、ホールボディカウンターによる内部被ばく検査の実施率はわずか7%程度である。ご存じのように低線量被ばくの人体への影響は学者の中でも議論百出し「わからない」が実態であり、福島では除染による外部被ばくとともに、内部被ばくを防ぐ努力が続けられているのである。  
 安倍首相は、福島県選出の根本匠氏を復興大臣に、森雅子氏を少子化担当大臣に任命し、福島県民に「寄り添う」と述べた。森大臣はテレビ番組で「子ども・被災者支援法」の具体化、予算化を急ぐとして「事故当時18歳以下の子どもたちが19歳以降も無料になるような制度」「屋内、屋外の遊び場の拡充」などを進めたいと述べている。
 しかし、昨年10月に福島県が開始した18歳以下の医療費無料化には年間40億円が必要とされ、県の基金は6年程度で枯渇する見通しである。加えて距離や線量、年代で不当な分断をすることなく全県民対象に全額国負担による健康保障、長期的な健診体制を早急に整える必要があることは明白である。まさに「子ども・被災者支援法」の実効ある具体化、予算化を強く望むものである。

「原発ゼロ」はオール福島の声

 佐藤雄平福島県知事は昨年11月19日、東京電力に対して課してきた「核燃料税」を年内限りで廃止することを表明し、12月6日には共産党県議団の質問に対して「原発事故は『人災』」と答弁した。加害者に「人災」と認めさせるかどうかは、除染や賠償を進める上で極めて重要であり、2つの県知事の表明は、徹底した除染、差別のない完全補償、県内全原発廃炉というさらに高まる県民の総意を受けてのものである。  
 こうした中、福島民報社(福島県下一の発行部数を誇る新聞社)が県政の重要課題に対する県民意識調査を行い1月5日までに結果をまとめた。それによると冷温停止状態中の東京電力福島第一原発5、6号機、第二原発1~4号機の再稼働について、「全て廃炉にすべき」との回答が75.4%を占め、脱原発を強く望む福島県民の意識が改めて明らかとなった。また今後必要とされるエネルギー源・動力源は「新エネルギー」が47.7%となり、太陽光など再生可能エネルギーへの期待が高い事を示した。
 また福島が復興を果たすために最も必要な事項については、「県民の健康対策の充実」と「除染」がともに20.7%で最も高く、「景気雇用対策」の16.7%、「風評被害の払拭」の14.7%と続いた。東京電力福島第一原発事故から間もなく2年を迎えようとしているが、多くの県民が健康への不安を抱いていることを裏付けている。

福島の深刻な状況は変わっていない

 しかしながら政権奪取後の安倍首相は、オール福島の声、国民多数の「原発ゼロ」の声に逆らい、原発再稼働の推進を宣言し、新増設の推進を公言している。  
未だに福島県民のおかれた深刻な事態は変わっていない。事故収束と廃炉、全ての原発被害に対する全面賠償、迅速で徹底した除染、被災者・避難者の支援、子ども達をはじめ全ての県民の命と健康を守る医療制度、教育条件の整備、産業と雇用、地域経済の再生など切実な要求が山積している。
   被災直後からの全国からのご支援に心から感謝するとともに、引き続き震災・福島原発事故からの復旧・復興のための奮闘と全国に福島の現状を発信し続ける決意を表明し報告とします。

(2013年1月25日号 とやま保険医新聞)

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